青年座「欲望という名の電車」威力感じさせる高畑淳子の明朗さ

舞台女優がいつかは挑んでみたいと願う大役の一つが、名作「欲望という名の電車」の主役ブランチだ。テレビドラマでおなじみの高畑淳子は本来、舞台を本領とする青年座の中核女優。これまでにないブランチを演じて刺激的だった。

20世紀アメリカ演劇の金字塔にして、テネシー・ウィリアムズの代表作(鳴海四郎訳)。アメリカ南部で大農園を営んでいた生家が没落し、夢破れたブランチは「欲望」という電車に乗って「墓場」という電車に乗りかえ「極楽」という駅に降り立つ。そこはニューオリンズの下町、ポーランド系移民の荒くれ者スタンレーと暮らす妹ステラの貧しいアパートだ。

酒、かけごと、暴力、下品な言葉……。夢見がちでお姫様気分のブランチは、育ちの違いゆえに敵意に満ちるスタンレーに責めさいなまれる。やがて性をめぐる暗い秘密とすさんだ生活が暴かれる。同性愛の夫との結婚で傷つき、さびしさを行きずりの情事で晴らす女。その酷薄な現実がむき出しになるまでのサスペンスでもある。

つらい真実を少しずつさらけだしていくウィリアムズの残酷で詩的なセリフが、ジャズ発祥の猥雑(わいざつ)な街でうねるように響く。何度見ても引きこまれる劇だ。

高畑のブランチは俗な言い方をすれば天然ボケ、底抜けの世間知らずの女。この女優の持ち味といえる愛きょうもにじんで、とても個性的だ。喜劇の味さえあって、年齢をいつわる虚言が客席の笑いを生む。その愛らしさが肉体のさびしさを映し、性の不全をめぐる現代的なドラマとして劇を見せ換える面白さがある。今年の収穫舞台だった「をんな善哉」(鈴木聡作)の演技にも通じる、おかしみとかなしみのブレンドされた、ほろ苦い味。

一方で、この現代性は作品の底を浅くしてしまう面がある。貴族的世界から社会の底辺へ、いわば天国から地獄へブランチは落ちる。アメリカ南部らしい成り上がりのこっけいさが浮き出る妙味は捨てがたいけれど、詩情をたたえる「転落」の振幅が物足りない。

下層の社会で生の活力を見いだし、力強く再生するステラの神野三鈴がくっきりとした対称を築いているだけに惜しい。もっとも、男優陣が当節風でおとなしすぎるせいでもあるが。

過去の名舞台をすぐ思い出してしまう、すれからしのシアターゴーアーからすると、ブランチといえば杉村春子。北村和夫のスタンレーとの名コンビで、没落の悲哀を濃厚に刻み込む忘れがたい演技であり、文学座の財産演目だった。あれを超える舞台はおそらく、いまだにない。

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