昭和10年代、6割が肯定表現
コトバ | 工程・綴方学校 | 日本語 | ||
否定を伴う例 | 形容詞「ない」 | 31 | 10 | 23 |
助動詞「ない」「ず(ん)」 | 86 | 26 | 49 | |
動詞「なくなる」「なくす」 | 4 | 0 | 3 | |
計 | 232 | |||
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肯定を伴う例 | 否定の意の接頭語として使われる漢字を含む語 | 36 | 3 | 12 |
2つ以上の事物の差異を表す語 | 76 | 22 | 36 | |
否定的な意味の語 | 36 | 10 | 13 | |
マイナスの価値評価を表す語 | 12 | 9 | 4 | |
否定的意味・マイナス評価でない語 | 55 | 13 | 17 | |
計 | 354 | |||
判断が難しい例 | 4 |
まず、日本語に関する学術的な文章が多く掲載されている国語学・国語教育・日本語教育の専門誌である「コトバ」(不老閣書房など)、「工程」(後に「綴方学校」と改名、椎の木社=復刻版)、「日本語」(日本語教育振興会=復刻版)の3誌を資料として選び、日本語に関して知識の深い当時の研究者らが書いた論文・記事中で、「全然」がどのように使用されているか実態を調査しました。
採集した「全然」の用例を分類したところ、全590例のうち6割の354例が肯定表現を伴い、そのうち約4分の1に当たる85例が否定的意味やマイナス評価を含まない使い方となっていました。その中には「前者は無限の個別性から成り、後者は全然普遍性から成る」(日本語、金田一京助)といった著名な国語学・言語学者のものも含まれています。「本来否定を伴う」という言語規範が当時あったとすれば、これらは当然「ことばの乱れ」や「誤用」とされるべきものですが、多くの研究者が学術誌で規範に反するような表現を使うとはまず考えられません。
また、昭和10年代も後半になると、植民地への日本語普及という当時の国家的重要課題を念頭に置いた「標準語」「正しい日本語」をめぐる議論が盛んに行われるようになりましたが、3誌には「全然」の規範意識に関して言及したものはなかったばかりか、「全然+肯定」の使用が散見されました。
ほかに「古川ロッパ昭和日記(戦前篇・戦中篇)」(晶文社)の昭和10年代の分を対象に個人における「全然」の使用実態を調査した結果をあわせて、研究班は「本来否定を伴う」という規範意識は昭和10年代の段階ではまだ発生しておらず、使用実態も昭和20年代後半以降に広がる「迷信」を生み出すようなものではなかったと結論づけました。今後の課題は迷信が戦後のいつ、どのように発生し、浸透していったのかを解明することだとしています。