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戦国耐えた仏 伝え続ける守り人 赤後寺(滋賀県長浜市高月町) 古きを歩けば(13)

2011/12/13

 厨子(ずし)の扉が開くと、痛ましい2体の仏像が現れた。9世紀の十一面千手観音は42本の腕のうち残るは12本だけで、頭上にいただいていたはずの十一面もない。10世紀の聖観音も手首から先がない。滋賀県長浜市高月町の赤後寺(しゃくごじ)の仏は、戦国の傷を今に伝える。

千手観音菩薩(左)と聖観音菩薩を所蔵する赤後寺で「世話役」を務める福田長人さん(滋賀県長浜市)

 ■「天下統一」 戦いの陰に破壊・略奪

 京に近い近江は何度も戦場と化した。織田信長や豊臣秀吉ら戦国の英雄が駆けた戦場は、同時に略奪や破壊の現場だった。寺伝によれば、赤後寺は姉川の合戦や賎ケ岳の合戦で被災。既に無住だった寺から仏像を背負って逃げたのは村人だったという。時には田に埋め、時には川に沈めて懸命に戦禍から守ってきたが、水害に遭い腕などは失われた。

戦国時代の戦乱を逃れるため本尊を川に沈めた際に使われたと言われる枕石

 だが、その痛ましさも人を引きつける磁力に変えてしまうような、不思議な空気を赤後寺の仏像はまとっている。琵琶湖でのボート事故で子供を失った父親2人が、何かに導かれるように周辺の古寺に観音像を訪ね歩く井上靖の小説「星と祭」にも、この観音像は登場。井上は主人公に「人間の苦しみを自分の体1つで引き受けて下さっていたので、あの仏さまはあのような姿になってしまったんだ」と語らせている。

 琵琶湖周辺の寺は赤後寺に限らず、戦国時代の伝承に彩られたものが多い。高月観音の里歴史民俗資料館の北村大輔副参事は「このあたりは浅井氏が治めていたが、後に信長の配下が荒らし、収穫期の稲を刈り取ったり、寺を焼いたりしたことが信長公記にも書いてある」と説明する。仏像に関する伝承については「本当に長年埋められていたなら、傷み方がもっとひどいはずのものもある」と苦笑しつつも、「堂宇は無くなっているのに仏像だけが残っているのは、守り伝えた人々の存在を示すもの」と認める。

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