シス・カンパニー「その妹」時代の不安たたえる蒼井優の「謎の微笑」

蒼井優は「謎の微笑」で激しく迫る脅威の女優だ。あの不思議な含み笑いはいったい何!

いったん曇れば鋭い悲しみが驟雨(しゅうう)のように降りそそぎ、晴れあがれば歓喜の渦を巻き起こす。

市川亀治郎(左)と蒼井優(写真 谷古宇 正彦)

今もっとも刺激的な男優と組み合うことで生まれる演技の火花。ハラの強い段田安則、創意あふれる市川亀治郎を相手に、丁々発止で観客の目をくぎづけにしてしまう。

セリフ劇は一般に辛気くさいとみられがち。なぜなら、気の抜けたビールのような舞台が大半だから。それが芝居嫌いを量産する理由ともなっている。が、ひとたび良作にあたれば、白熱したジャズのような、手に汗握るライブが堪能できる。すれからしのシアター・ゴーアーからすれば、確率は著しく低いけれど。

さて「その妹」である。白樺派の作家、武者小路実篤が20代後半で書いた戯曲は第1次世界大戦が起きた1年後、日露戦争の余韻さめやらぬ大正4年(1915年)に発表された。作者の人道主義的な反戦思想がこめられた佳編ながら、上演至難といえる作品である。戦後も劇団民芸が上演したというが、近年はまずお目にかかれないレアもの。

目が見えなくなって戦地から帰還する天才画家の広次が妹静子の手を借り、口述による売文で身を立てようとするが、貧窮に沈む。親戚への義理から妹は俗物男との縁談を持ちかけられる。嫁に出るべきか。原稿の出版を手助けする西島は同情から援助の手をさしのべるうち、静子にひかれていき、妻との関係もおかしくなる。

休憩を入れて2時間半、もやもやするだけで、これといった事件は起こらない。現代人からすると、いかにも冗長。結婚や職業のあり方も今からみれば四角四面で実感に乏しいし、なにより旧華族の慇懃(いんぎん)な言葉遣いがまわりくどくて、役者泣かせだ。

くわえて大正初期といえば、新劇の常設劇場だった築地小劇場もまだない。旧劇(歌舞伎)に対して新劇と呼ばれた近代演劇は始まったばかり。歌舞伎の韻文や落語、講談はともかくも、口語のドラマ自体が未開発だったから、このころの戯曲は新体詩と同じく、いまだ実験の域を出ないのである。

発表の2年後、山本有三の演出で初演されたが、同時上演されたストリンドベリの「債鬼」に打ちのめされた実篤は自作が幼稚に見えたらしい。ちなみにストリンドベリはスウェーデンの劇作家で、性の抑圧を描いた「令嬢ジュリー」で有名。ありのままの人生の真実をえぐる作風はイプセンと並んで新劇のみならず日本の近代文学に多大な影響を与え、お手本ともなった。絵空事でない真実をドラマに織りこむことを目指したのが草創期の新劇だったわけだが、日本では小説家がまずチャレンジしたのである。「その妹」にも当時の日本人の真実が「幼稚」なりに、見え隠れする。

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