将棋は歩から羽生善治 将棋棋士

日本経済新聞に長きにわたって観戦記を書かれていた加藤治郎名誉九段は「将棋は歩から」という名著を残されました。

最も多い手筋

久保利明八段を退け16連覇を達成した筆者(2007年10月3日、山形県天童市)

前に一つしか進めないのが歩ですが、駒の中で最も手筋(テクニック)の種類が多いのも歩なのです。

歩が上手に使えるようになれば棋力も自然に向上すると言っても過言ではありません。

金や銀でしっかりと位を確保している状態の事を厚みと言うのですが、持ち駒に歩がたくさんあるだけでも厚みと言えるのです。

“歩のない将棋は負け将棋”と言いますがプロは一歩を使うのにとても神経を使って考えています。

その時点で歩がたくさんあったとしても後の局面で一歩が大きな分かれ道となる事を経験則としてよく知っているからです。

攻めるとは歩を使うこと

将棋で攻めるとは歩を使うことで、アグレッシブな棋風の人は持ち駒の歩が1か0であることが多く、受けが好きな棋風の人は持ち駒に歩が5つ以上あることが多いのです。

ですから、局面を見なくても持ち駒の歩の数だけ調べればどんなタイプであるかが分かったりします。

上手に攻めるためには最後の一歩を使った後に新たな一歩を取ることだと、昔、教わったことがあります。

王将戦を制し7冠王となった筆者。前人未踏の快挙の瞬間(1996年2月14日、山口県豊浦町のマリンピアくろい)

確かにテンポのよい攻めというのは上手に補給をしながら継続ができることなのでその通りなのですが、少しの手順のミスも許されない綿密さが要求されます。

また、少し間違えると収拾がつかなくなることがほとんどです。

一方、歩をたくさん持って受けていると間違えた後でも歩をたくさん持っている厚みで粘れたりします。

若いときは非常に攻撃的で経験を積むと守備的になっていく人が多いのは、そんなところに原因があるのではと考えています。

宝の持ち腐れ現象

以前、阿部隆八段との対局で200手を超える長手数となり、最後は持ち歩が14枚となって負けてしまったことがありました。

当然、他の駒も取っていましたから駒台の上に駒を置くスペースがなくなってしまいました。結局、たくさんとっても使う場面はなかったのですから、この対局ほど“宝の持ち腐れ”と思ったことはありません。経済においてもこの“宝の持ち腐れ現象”は様々なところにあるのではないでしょうか。

将棋の格言の“一歩千金”というのも、歩の重要性を如実に表しています。

羽生善治(はぶ・よしはる) 1970年、埼玉県所沢市出身。二上達也九段門下。82年奨励会入会。85年四段、史上3人目の中学生棋士に。96年、史上初の七冠独占。昨年の第58期まで、19期連続で王座を保持。通算のタイトル獲得は80期で、大山康晴十五世名人と並び歴代最多タイ。
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