「ビルヂング」の表記、ローマ字方式が影響?

東京駅前にそびえ立つ「丸の内ビルディング」

ところで、なぜ「ビルジング」ではなく「ビルヂング」だったのか。三菱地所の担当者に尋ねると、「はっきりとは分かりませんが、当時の表記だったのではないでしょうか。『di』を『ヂ』と書いていたようです」とのこと。ローマ字の世界ではちょうどそのころ「日本式」と呼ばれる表記法が広がっていた。「日本式」では「ヂ」は「di」、「ジ」は「zi」で表す。このため「ヂ」の方がふさわしい、と判断したのかもしれない。

ただ、当時は必ずしも表記が人々の間に浸透していたわけではなさそうだ。「丸ノ内ビルヂング」の竣工を伝える当時の新聞には「食ふ物 買ふ物 何でも彼でも御意のまま すこぶる便利にでき上がった丸の内ビルデイング」との見出しが躍っている(1923年1月27日付『東京日日新聞』)。「イ」は小さい「ィ」ではなく、大きい「イ」になっている。一足先に完成した「東京海上ビルディング」が「ビルディング」と名乗っていることを考えると、「building」に当てるカタカナはまだ定まってはいなかったようだ。

入り口の横にあるプレートが、ビルの正式名称をとどめている

ちなみに、丸ビルは「○○ビル」という呼び方が生まれた場所でもある。岡本哲志著『「丸の内」の歴史 丸の内スタイルの誕生とその変遷』によると、「ビルヂング」や「ビルディング」を「ビル」と略すようになったのは「丸ビル」が最初だったという。それだけ人々の関心を集めたということでもある。

丸ビルは開業後、東京の新名所として親しまれた。観光バスのコースにもなった。近代的なビルは物珍しく、三菱地所では「安全第一ビルヂング読本」を作成したほど。その中身はというと――

第1 玄関の巻
なるべく靴か草履で入ること
第2 昇降機の巻
乗るときには、必ずボタンを押すこと
第3 廊下の巻
右側に用のある人でも、そこの前までは必ず左側を歩くこと
第4 便所の巻
男子は男子用の便所に、婦人は婦人用の便所に入ること

……など全13章にわたって心得が書いてあった。ビルがいかに珍しかったかが分かる。

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「ビルデング」もある?
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