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青年団「ソウル市民」5部作 日常のさりげない光景から歴史の全体像とらえる

2011/11/14

 現代演劇で異彩を放つ平田オリザ(作・演出)の「ソウル市民」5部作。日常のさりげない光景から歴史の全体像をとらえる知的な作劇、それを「静かな問題作」と評しておこう。

 連作は植民地に生きる日本人大家族の変転を10年ごとにたどる。同じ東京の吉祥寺シアターで「ソウル市民(1909年)」「ソウル市民1919」「ソウル市民 昭和望郷編(1929年)」の3部作が連続上演されたのは2006年。それから「ソウル市民1939 恋愛二重奏」「サンパウロ市民(1939年)」の新作2本が書き下ろされ、いま主宰の劇団青年団によって連続上演されているのである。4作の舞台はソウル、番外編の「サンパウロ市民」だけはブラジルにところを移している。

 5作ともに同一セット。だえん形の食卓とイス、背後に食器を飾るタンスがふたつ。来客を迎えいれ、家族がくつろぐこの空間は下手が玄関に抜ける通路になっており、上手は家の奥につながる。1編1時間半から2時間、文房具店を営むふつうの日本人の家で交わされる会話をその時間だけ切りとり、細密画のように見せていく。悪意なき差別意識や偏見、さまざまな感情の揺れ動きが微妙な変奏曲のようにセリフに浮きでてくる。

 現代から過去を整理すれば、戦争も植民地も批判すべき誤った歴史だ。けれど過去の庶民だって、いままさに息をしている我々と同じような感覚で生きていた。あたりまえのことが演劇という生々しい表現によってリアルに体感される。観客は朝鮮人をあたりまえに蔑視(べっし)する役者のさりげないセリフに、はっとさせられるだろう。

 どれかひとつだけ選んでもいいが、できれば第1作の「ソウル市民」を起点に複数の舞台を観劇したい。その方が面白くなる。

 1989年初演の「ソウル市民」は日韓併合の1年前の設定。ソウルで開業した篠崎文具店は祖父、父母、息子に娘、さらに使用人や書生までもが暮らす大家族。ささやかな商売であっても、時代のゆがみが会話の端々ににじむ。朝鮮が早く日本になればいいのに、といった言葉の響きが無防備なだけに耳に痛い。朝鮮人の使用人が押し黙る気詰まりな「間」も批評の刃となる。

 その10年後の「3.1独立運動」の日を描くのが「ソウル市民1919」。篠崎家は相変わらずのんきに過ごすが、朝鮮人の使用人は少しずつその場から姿を消す。日本没落の予兆を篠崎家の無自覚ぶりが際だたせる。さらに10年たって、篠崎文具店は転機を迎える。「ソウル市民 昭和望郷編」は世界大恐慌の発端となったウォール街の暗黒の木曜日。長女に求婚するアメリカ帰りの新進企業家、精神を病む長男、植民政策を遂行する総督府で働く朝鮮人書生らが集う。篠崎家には、内地をおおう関東大震災後の閉塞感とはかけ離れた明るさがあった。

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