文楽 錦秋公演玉女、抑制効いた男の美学

呉服屋十兵衛を遣(つか)う吉田玉女(たまめ)がいい。颯爽(さっそう)とした二枚目の十兵衛は思いがけない父子再会に加え、妹が義理ある人の敵(かたき)の妻と知って激しく動揺する。しかし、それを押し隠して淡々と身を処す。この役は玉女の師匠で立ち役(男役)の名人、故・吉田玉男の当たり役のひとつ。抑制の効いた男の美学を見事に表現した玉男の姿を玉女にだぶらせた観客もいたはずだ。

平作の家で語らう平作、お米、十兵衛(左から)=「伊賀越道中双六・沼津の段」(11月9日)

国立文楽劇場(大阪市)の文楽錦秋公演・第2部の「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」。時代物の傑作である。全10段のうち白眉とされる6段目「沼津の段」が上演されている。太夫、三味線、人形遣いそれぞれに役者を配して約1時間半、密度の濃い舞台だ。

上杉家の剣術指南役、和田行家を暗殺した沢井股五郎は、沢井家出入りの十兵衛の手配で九州の相良に逃げる。股五郎を敵と狙う行家の息子、志津馬は懸命に行方を探すが、手掛かりはつかめない。

東海道・沼津宿を行く十兵衛を老いた荷物持ちの平作が呼び止めて荷を担がせてもらう。沼津の段はこの場面から始まる。よぼよぼの平作は木の根につまずき足の指を痛める。手持ちの秘薬で痛みを止めてやった十兵衛は、誘われるまま平作の住むあばら屋でひと休み。物語は一気に佳境に入る。

父子の名乗りをあげ、切腹した平作(左)を看取る十兵衛

会話の端々から十兵衛は自分が平作の息子だと気付く。2歳のときに養子に出されたのだ。平作の娘のお米が志津馬の妻で元吉原の遊女、瀬川であることも分かる。貧窮する平作に30両の金子(きんす)と親子の証しである書き付け、股五郎ゆかりの沢井家の家紋入りの印籠を残して、十兵衛は闇夜に立ち去る。すべてを悟った平作がその後を追いかけて……。

何とか十兵衛に追いついた平作は股五郎の行き先を問うが、答えはない。平作は突然、十兵衛の脇差しを手に取って自分の腹を刺し貫く。追っ手を殺せば股五郎への義理が立つはず、という平作の捨て身の行動だった。虫の息の平作に十兵衛は「股五郎が落ち付く先は九州相良」と平作を追ってきたお米に聞こえるように大声をあげ、「親仁(おやじ)様、平三郎でござります」と名乗る。だが、平作は「なむあみだ」を唱えながら息を引き取るのだ。

平作の多彩な所作を桐竹勘十郎が自在にこなしている。最期の場面、沈着さをかなぐり捨てて寄り添う十兵衛に看(み)取られて平作は穏やかな表情で逝く。勘十郎と玉女は1968年入門の同期生。ライバル同士の2人の共演は息がぴったり。かつては名高い花魁(おいらん)で今は父思いの貞淑な妻。そんなお米を遣う吉田文雀もさすがの出来栄えだ。

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