宇宙で通用する語学習得術若田光一 JAXA宇宙飛行士

宇宙飛行士にとって、語学は極めて重要です。宇宙飛行中、相手が話していることを正確に理解し、的確に自分の意思を相手に伝えることができないと、危険な状況に陥りかねない。では、どうやって語学を習得すればいいのでしょうか。

英語がわからず「訓練失敗」

私が宇宙飛行士の候補者として訓練を始めたのは1992年のことです。それまで海外旅行はしたことがありましたが、せいぜい1週間程度で、海外の駐在経験もありません。

リスニングについてはある程度はできるかなと思っていました。しかし訓練に入ってすぐ、だめだと思い知らされました。

それはスペースシャトルの打ち上げのシミュレーションをする訓練でのことです。操縦室に私を含む4人の訓練生が乗り込み、打ち上げの準備をしていました。事前にシステム操作の概要については予習していましたから、どのような手順で何をやればいいかはわかっています。それなのに、訓練開始後、スペースシャトルの各システムがいまどのような状態になっているのかという全体的な状況把握ができなくなったのです。

これは致命的です。宇宙飛行士に限らず、何かモノを動かすときに一番重要なのは「状況判断能力」です。いま何が起こっているのか。状況把握を失うことは宇宙では死を意味します。いかにシステムの勉強をしていても、英語が聞き取れないだけで最悪の事態となりうる。これは本当にまずいなと強い危機感を抱きました。

システムの勉強は一夜漬けでも何とかなりますが、英語はそうはいかない。地道にやるしかない。ただ専門用語を覚えればいいというのでもありません。会話には米国人特有のジョークも入ってくる。冗談なのか、必要な会話なのかも19年前の米国での訓練の最初のころは分かりませんでした。

そこで何をしたか。とにかく現場に入って、英語に慣れていくしかない。なるべく多くシミュレーターで訓練をする。ジェット練習機の操縦訓練の時もコックピットの中の会話を全部録音させてもらい、通勤のとき、車の中で何度も何度も聞く。米国人宇宙飛行士の仲間とたくさん話す。そうした地道な努力を重ねながら、英語を身につけていきました。

ロシア語も必修

スペースシャトルは英語で大丈夫ですが、国際宇宙ステーション(ISS)の長期滞在となると、もう一つの言語を使えないといけません。ロシア語です。

手前にあるのはISSの模型

英語で苦労した分、ロシア語は多少、楽に感じました。語学というのは、1つの言語を習得できれば、その手法を別の言語にも応用することで第1外国語よりは効率的に身につけることができるものです。もちろん、中学生から勉強してきた英語と、まったく白紙の状態から始めたロシア語では私にとって難易度が異なりますが、勉強すべき手順が分かっていたのは大いに役に立ちました。基本的な語彙と文型を習得し、聴解力を身につければ、ある程度の会話はこなせます。あとは語彙を増やし、文法をより正確に扱い、聴解力、会話力を高めていく。

人間は感情的な生き物です。その言葉が話せるかどうかで相手の印象も変わります。

例えばこんなことがありました。ISSへの飛行が決まる前、既にISS滞在経験がある米国人の同僚にISS飛行に向けた訓練について質問しました。すると彼は「システムの勉強は時間的に無理なくできるから、まずはロシア語をマスターした方がいい」と。ロシアの宇宙関係者の中には、「ロシア語を使いこなせる外国人宇宙飛行士はロシアの宇宙船システム操作についても習熟しているはずだから、母国の宇宙船の操作を安心して任せられる」と考えている人が多い、と話してくれました。それくらい、コミュニケーションツールである言語は重要なのです。

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