さて、この舞台の演出は2度目の挑戦となる段田安則だ。初演出の「夜の来訪者」はおとなしかったが、今回は苦悩からの生還という作意をとらえ、軽快に運んでいたのがいい。役者としても出演し、酒浸りで迷惑をかけどおしの父親、啄木の死後(冒頭と最後)に登場する英国人伝道医師を演じる。1俳優に2役をあてたのは作者の卓抜な趣向で、人間性の鬼と仏の二面性をみている。伝道医師については、若き井上ひさしがキリスト教の施設に預けられた際、無私の宗教者に救われた経験が反映しているだろう。

役者の演出は強いコンセプトで作品を刻むのではなく、作意に沿った演技を引き出すことに力点が置かれることが多い。段田は疾走感あふれる舞台で人気だった劇団夢の遊眠社出身だが、東宝の「おもろい女」で森光子らと共演した経験もある。セリフの間を生かした演出はむしろ東宝現代劇調で、役者をたてるその遺産が生きているようにみえる。

母を演じる渡辺えりが山形出身らしく東北弁のセリフをエネルギッシュに操る。不平不満の塊となってののしりつつ、貧民の苦しさやずるさ、それから愛嬌(あいきょう)も出して収穫である。この女優としては最良の演技か。

稲垣吾郎は端正なセリフを聴かせて健闘する。新国立劇場で別役実の不条理劇「象」(深津篤史演出)に主演したときも、まっすぐな演技に感心した。ただ苦難に耐えつづけるこの役は辛抱に辛抱を重ねる必要があり、一筋縄ではいかない。社会への怒りの爆発、苦しみの果ての澄んだ祈りをつかまえるまではあと一歩。とはいえ、きまじめさを自然ににじませられるのは、恵まれた資質で、今回もよい経験になっただろう。金田一京助の鈴木浩介、節子の貫地谷しほり、妹光子の西尾まり、それぞれに頑張っている。

井上ひさしの評伝劇は資料につぶさにあたり、その空白に作家的想像力を注ぎこむ。同じ啄木の芝居でも、先に上演された三谷幸喜の「ろくでなし啄木」とそこが違う。井上の評伝劇のなかで傑出しているとは言いがたいこの啄木劇ではあるが、演劇的に闇夜をさまよう得難い体験が得られる。闇が深いほど光はきらめく。啄木と井上ひさしの苦悩の二重唱ともいえる舞台だ。上演時間は約2時間半(休憩こみ)。

(編集委員 内田洋一)

10月30日まで、東京・紀伊国屋サザンシアター。

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