新派「女の一生」受けついだ和事の伝統、財産となった名作

2011/10/14

舞台・演劇

人間のたたずまいや息づかいを丹念にすくう舞台が急減しているが、どっこい、生活のにおいをほんのりと生かす演劇の美風が新派に生き残っている。これはうれしいことではないか。シアター・ゴーアーという種族は鋭利なアバンギャルドに刺激を受けたい日もあれば、セリフの響きにじっと耳を澄ませたい日もあるのだから。

「日本の現代劇がこの百年のあいだに生み出した数ある傑作のなかで、五本の指にはいるものと言って間違いない」。演劇評論家の矢野誠一がプログラムに賛辞を寄せるとおり、森本薫の台本のうまさに改めてうならされる。何度みても飽きのこない傑作だ。

言うまでもなく文学座の大女優だった杉村春子の代表作。なにしろ主役の布引けいを947回も演じこみ「自分で選んだ道ですもの」の名セリフは代名詞でもあった。となると後進は荷が重いが、文学座では平淑恵の後、荘田由紀も演じている。他方、杉村の伴走者だった演出家の戌井市郎(昨年12月死去)は新派による継承を橋渡しした。新派は2年前の夏に初演し、大きな評判をとった。今回、同キャストによる再演で、杉村とともにあったこの名作が新派の財産となったことが強く印象づけられる。

時代は日露戦争で旅順陥落を祝う提灯(ちょうちん)行列の世から、アメリカの空襲で東京が焼け野原になるまで。つまり日本が大国に上りつめ、戦争ですべてを失う激動期である。清国(中国)との貿易で財をなした堤家に、戦争孤児の布引けいが野良犬のように迷いこむ。お手伝いになったけいは持ち前のシンの強さで一家を差配する母親のしずに見込まれ、商売嫌いの長男伸太郎と結婚、家を支える。商才を発揮するが、家を守ろうとする気持ちの強さがあだになり、夫や子供からうとまれる。

けいを演じるのは新派の中心女優、波乃久里子。後半、家を切り盛りし、かたくなになり、きつい言葉を発するようになってからがいい。和服の着こなしの良さもあって、人を寄せつけないきっとした感じが浮き出る。弱みを見せない、強い強いけいである。

人につらくあたらなければ、困難な時局を乗りこえられないし、恩人のしずに顔向けできない。このあたり、杉村の素晴らしさは今も記憶に鮮明で、達した高みは不滅だ。他方、波乃の演技は日本と中国の交易が生命線という当時の支配的考え方を信じ切っているところが鮮やか。戦争という庶民に避けようのない不条理を前に、生きていくためそう思い込むほかない。かつて恋心を抱いた夫の弟栄二と政治的に対立し、特高に身柄を渡す酷薄な心もそこから生まれる。このけいは時代に敢然と立ち向かうから強い。生活のリアリズムが観念論をしりぞけ、ただ勝利するだけなら、なんということもない話だが、結局そのリアリズムさえ焼け野原で無に帰す。そこに戦争の真のむごさがある。限られた「家」の世界の外からもたらされる戦時情勢がセリフに密に書き込まれているのは、そのためだろう。

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