坂東玉三郎 特別舞踊公演鍛錬を重ねた果ての唯一無二の美学

受け止め方はさまざまだろうが、この玉三郎の藤の精が人間らしい心をしっかりと持ち、観客を魅了するのは確かなことだ。つれない男心を嘆き、酒に酔っていくまでの愛らしさ、においだす色香はまさに、動く日本画だ。人間を超えた精霊の魔力をどう塗り重ねていくか。玉三郎の「藤娘」はこれからも生々流転をくりかえし、同じ場所にとどまることはないだろう。

最後の「楊貴妃」は夢枕獏の作で、1991年、熱海のMOA美術館で初演された。唯是震一作曲、梅津貴昶(たかあき)振り付け。玄宗皇帝の寵愛(ちょうあい)を受けた絶世の美女、楊貴妃は安禄山の乱のあと家臣によって殺される。白居易の「長恨歌」には、玄宗皇帝が仙術師の方士に楊貴妃の魂を探させる物語がある。これを題材に世阿弥の後継者だった金春禅竹が作ったのが能の「楊貴妃」である。これらを踏まえ、この舞踊では冥界(めいかい)で方士(坂東弥十郎)が楊貴妃(玉三郎)に出会う。

微風にそよぐような薄いレース地の布が舞台にかかる。玉三郎はまるで雲の上を歩むような、はかない足どりで舞う。胡弓(こきゅう)の響きの揺らぎの中で、過去を懐かしむ。「なにごとも夢まぼろしの戯れや 夢路の草のつゆの間に いかでかわれは千夜を経ぬらむ」の詞章のとおり、実に夢の淡さが現れでる。

これをどう評するか。思い出したのは厳しく突き詰めた線で舞妓を描いた日本画家、土田麦僊(ばくせん)の晩年の名作「平牀(へいしょう)」である。苦吟に苦吟を重ねて、入魂の線を引いた麦僊が最後到達した、消え入るような白衣の線。美女はふわりと宙に浮きそうだ。それは線であって、線を否定した世界だった。この舞踊の動きの輪廓(りんかく)に、あの美女の線に通じるものを感じたのである。

昨年秋、赤坂ACTシアターで公演した昆劇「牡丹亭」で、玉三郎は至難とされる繊細優美な中国舞踊を手に入ったものとしていた。並大抵の鍛錬ではない。積み重ねた中国舞踊の取り組みが発酵し、それでいて玉三郎その人にしかない美学が裏打ちされていた。この舞踊家の挑戦から、今後も目が離せない。

(編集委員 内田洋一)

10月26日まで、東京・日生劇場

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