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歴史博士

石灯籠灯る飛鳥の古道 仏教伝来の経路だった可能性も… 木の辻(奈良県高取町) 古きを歩けば(4)

2011/10/11

秋空のもと、路傍の道しるべをたどりながら古道の散策を楽しむ人が増えてきた。奈良には1300年以上の歴史を持つ古道が、舗装されたり拡幅されたりと装いを改めながらも、現在も役目を果たしている。飛鳥に近い奈良県高取町にある古道の交差点「木の辻」では、かつて旅人を導いた常夜灯に、今も住民が交代で明かりをともす慣習を守る。

■4世紀には存在

林や田畑を抜けて延びる古道「紀路」。今は地元で「高野街道」と呼ばれる

飛鳥・奈良時代、奈良盆地にはすでに何本もの幹線道路が縦横に走り、日本書紀などの史書にもその名がたびたび登場する。藤原京から平城京まで、盆地を南北に貫いていた3本の直線道路が「上ツ道」「中ツ道」「下ツ道」。盆地を東西に走り、和泉地方や伊勢地方に通じていたのが「横大路」。盆地を北西から南東に抜け、斑鳩(いかるが)と飛鳥を結んでいた「筋違(すじかい)道」は、聖徳太子が通ったといわれ「太子道」とも呼ばれる。盆地東縁の山裾を南北に縫う「山辺(やまのべ)の道」は、ヤマト政権発祥の地とされる三輪山のふもとが起点だったとみられ、4世紀にはすでに存在していたようだ。

今も姿をとどめるこれらの古道は、何も知らずに歩けば、ただの道にしか見えないかもしれない。だが「その道の歴史を知って歩くと、違った景色が見えてきます」。大和周辺の古道をくまなく歩いた古代史学者、和田萃(あつむ)さんはこう話す。

古道歩きの目印が、路傍に立つ石の道しるべだ。各地に建てられるようになったのは、西国三十三カ所巡礼が始まった室町時代。庶民が見知らぬ土地を旅するようになったことを示している。奈良盆地では、東大寺大仏殿が再建された元禄以降のものが多い。「再建された大仏殿を見ようと大勢の見物客が奈良を訪れました。飛鳥まで足を延ばす人も多く、『大和巡り』が盛んになりました」。道しるべが増えた背景を和田さんが説明してくれた。

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