モテキ
ミュージカル喜劇の爆発力
人生において異性にモテる時期を「モテ期」というそうだ。どんなにさえない男でも女でも、そういう期間が一人ひとりにあるらしい。
この映画はサブカルチャー好きの草食系男子で、金もなければ風采もあがらないという、どうしようもない31歳、藤本幸世(森山未来)が突然、もてはじめるという物語。テレビ東京の深夜ドラマにもなった久保ミツロウの同名漫画の映画化だが、これがちょっと面白い喜劇なのだ。
滑り出しからテンポは快調だ。もてない男を演じる森山未来が街をさまよう、その背景に文学作品や流行歌やらの字幕が次々と流れる。これに音楽が乗ってくる。音楽と字幕と映像の取り合わせ。要はカラオケビデオである。森山未来のみじめな心情は大江千里の「格好悪いふられ方」そのものであり、寂しい中年OLの麻生久美子は1人っきりでカラオケルームにこもりB'zメドレーを熱唱する。
極め付きはPerfumeの「Baby cruising Love」に乗って、うきうき気分の森山未来が街の中で突然、踊りだす場面。道行く人たちも一緒に踊りだすミュージカルシーンのカタルシスは、この映画の白眉だ。瀬川昌治監督の傑作ミュージカル「乾杯!ごきげん野郎」(1961年)の記憶がよみがえった。
ニュースサイトのライターとなった幸世に、4人の美女が次々と言い寄る。雑誌編集者みゆき(長澤まさみ)、みゆきの親友のOLるみ子(麻生久美子)、ガールズバーの愛(仲里依紗)、クールな先輩社員の素子(真木よう子)。あり得ない話なのだろうが、それがあり得ると思わせるのが、ミュージカル喜劇のすごいところだ。映像と音楽のノリでその気にさせてしまう。そういう力がこの映画にはある。
そもそも恋愛というのは幻想にすぎない。戦争であるとか、身分の違いであるとか、家と家との因縁であるとかで、愛し合っているのに引き裂かれる悲恋というのがほとんど成立しない現代の日本では、シリアスになればなるほど白けてしまう。だったら、それはもう、お祭りみたいなものとして、なんだかわけがわからないけど、モテてモテて仕方がないという話の方が、かえって今日的なリアリティーがある。
もちろん、そんなハチャメチャなドラマは、主人公の造形に説得力がなければ成立しない。瀬川昌治のミュージカル映画やクレージーキャッツの喜劇映画には、時代を体現するキャラクターが登場した。鹿児島の養鶏場で働く歌好きの4人組がプロを目指して東京に出てくる(「乾杯!ごきげん野郎」)とか、社員の幸福には責任をとらない会社組織で徹底的に無責任で調子のいいサラリーマンが出世を重ねていく(「ニッポン無責任時代」)とか。直球であれ、変化球であれ、そこには1960年代初頭の高度経済成長の光と影が、シリアスな社会派作品に劣らず、明確に刻まれていた。
ひるがえって、幸世という若者のキャラクターは実にありありと現代を体現している。対人スキルに欠けるオタクと呼ばれ、年上のバブル世代より確実に貧しく、既存の社会になかなか受け入れられない。そういう疎外された人間だからこそ、爆発的にはじけるパワーがあるのだ。
残念なのは後半に入って、ありきたりの泥沼の恋愛劇に陥ってしまうこと。いかにもウェットなドラマになってしまって、前半のスピード感がガクンと失速する。最後まで突っ走ってほしかったと思うのは、こちらの感覚が古すぎるのであろうか。
大根仁監督。1時間58分。(編集委員 古賀重樹)
東京・新宿バルト9ほかで公開中。
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