母校から突然の就任要請鳥取大病院救命救急センター長・本間正人さん(1)崩壊寸前の救命医療を再建

東日本大震災発生直前の今年3月7日、救命救急センター長を務める鳥取大学医学部付属病院の新救命救急センターの竣工式が行われました。

救急医4人全員が辞職した救命救急センターを立て直すためセンター長に就任した本間正人さん

新しいセンターは従来の手狭な救急処置室の約3倍の面積。デジタルX線撮影装置などの最新の医療機器を備えた専用処置室が、入院や手術を要する患者を扱う第2次救急用と、さらに重篤な患者を扱う第3次救急用それぞれにあります。緊急手術に対応可能な外科処置室や特殊災害にも対応できる簡易除染室も有します。

すぐ上の2階には新しい救命救急センター病棟と医師や看護師のスタッフ控室も今年度中に完成予定です。狭く時代遅れの救急処置室や、遠く離れた医局との距離、病棟や放射線部門、手術部門とのアクセスの悪さなど、今までの課題が克服されつつあります。センター長に着任当時は、こんなに盛大な完成式典など全く夢のような話でした。

2008年11月のある日、携帯電話が鳴りました。母校の鳥取大医学部の大先輩からでした。鳥取大病院の救命救急センター長の後任を探しているとのことでした。

当時私は、国立病院機構災害医療センターの救命救急センター部長であると同時に、東日本大震災のような大規模災害時にいち早く被災地に駆け付けて救命医療を行う災害派遣医療チーム(DMAT)の事務局長の職にありました。

それまで20年以上にわたり救急医として瀕死(ひんし)の重症患者に立ち向かってきました。そしてDMATを立ち上げ、全国に約3千人の隊員を誕生させ、8年間の地道な活動がようやく軌道にのってきたところの突然の就任要請でした。

今年3月に行われた新救命救急センターの竣工記念式典=鳥取大学医学部付属病院提供

救命救急センターの運営に加え、DMAT隊員を育成する研修会の開催など災害医療の体制作りに多忙な日々を送っており、そのときは即座に丁重にお断りしました。

ところが、その年の年末、今度は鳥取大病院の病院長から直接電話を頂きました。「病院の救命救急センターが存亡の危機に立たされている」と非常に困っている様子で、とりあえず直接お話を伺うこととなりました。

09年1月初め、粉雪の舞う中、米子空港を降りた後、病院長と病院に向かうタクシーの中で、センター長を含め救急医4人全員が辞職して救命救急センターが危機的な状況であることを打ち明けられました。

前センター長が突然やめた理由は明らかではなかったのですが、スタッフの不足や救命救急センターの老朽化、院内の協力体制の欠如、軽症患者の多数来院による多忙さなど多くの要因があるとのことでした。

病院長は病院をあげて協力すると約束してくださいました。このような状況では、他の誰も手を挙げないだろうと直感し、多くの不安はありましたが、「山陰の地で完全に崩壊した救命救急センターの蘇生」という別の意味の「災害対応」を引き受けることになりました。

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本間正人(ほんま・まさと)1962年生まれ。88年3月、鳥取大学医学部を卒業。救急医や外傷外科医、脳神経外科医として勤務。95年から国立病院機構災害医療センター(東京都立川市)に勤め、2006年から同救命救急センター部長を務めた。災害派遣医療チーム(DMAT)の立ち上げに深く関与し06年からDMAT事務局長。09年4月から鳥取大学医学部救急災害分野教授。

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へき地医療、医師の偏在、医療事故――。「医人たちの挑戦」は、転換期にある日本の医療現場で逆境に立ち向かう人の姿を隔週で紹介するコラムです。医師や患者ら6人の筆者が、それぞれの体験を通して日本の医療の今をつづります。

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