カウリスマキが描く移民、震災と弾圧へのアクション
カンヌ映画祭リポート2011(8)
「僕は豆腐屋だから豆腐しか作れない」と言ったのは自分の映画のスタイルを頑固に守り通した小津安二郎だが、この言葉がいま最もふさわしい映画作家はフィンランドのアキ・カウリスマキではなかろうか。寒くて暗い北の町を舞台に、庶民のつましい生活の哀歓を、独特のオフビートの笑いを交えて、温かな共感をもって描き出す。その映画のスタイルは一貫している。
17日にコンペ部門に登場したカウリスマキの新作「ル・アーブル」は題名の通り、カモメの鳴くフランスの港町を舞台にした物語だ。マルセル(アンドレ・ウィルム)は貧しい靴磨き。かつてはパリでボヘミアン暮らしをしながら作家を志したが、今はル・アーブルの路上とバーと愛妻との幸福を大切にしている。妻(カティ・オウティネン)が重い病で入院したのと前後して、アフリカから来た不法移民の少年と出会ったマルセルは、少年を英国に逃がすため動きだす。街の仲間も快く協力する……。
カウリスマキがフィンランドを離れて映画を撮ったのは「ラ・ヴィ・ド・ボエーム」(1992年)以来だが、祖国でも外国でもそのスタイルは変わらない。それでいてこの新作は、より大きな世界への広がりを感じさせる。それは「移民」という現代的なテーマを取り上げたからだろう。
常に庶民の側に立ちながら、決して教条主義に陥らず、ユーモアを忘れない。それは豆腐屋・小津安二郎にも通じる矜恃(きょうじ)だろう。ル・アーブルの庶民たちの奮闘を見ながら、記者は涙が止まらなくなった。豆腐屋にだって世界は描けるのだ!
国際映画祭の役割の一つに、社会に対する映画人からのメッセージの発信がある。政治的信条を超えて守るべき言論の自由の擁護や、悲惨な状況に置かれた地域への支援の呼びかけだ。
今年のカンヌは開幕直前に2本のイラン映画を公式上映に追加した。反政府運動を支持したとして裁判所から昨年12月に禁固6年の刑と20年間の映画制作禁止を言い渡されたジャファル・パナヒ、モハンマド・ラソウロフ両監督の新作だ。
これには経緯がある。「白い風船」「オフサイド・ガールズ」などで日本でもおなじみのパナヒは、昨年のカンヌ、今年のベルリンと審査員に選ばれたが、出国がかなわずどちらも欠席した。両映画祭はイラン政府の言論弾圧に対し、猛烈に抗議した。2人の新作はカンヌ映画祭事務局にDVDとUSBメモリーの形で届いたという。
ラソウロフ監督「さようなら(原題)」は14日、ある視点部門で上映された。イラン当局に資格を奪われた女性弁護士が、国外脱出をめざし、ビザを得るために、身重の体で奔走する物語。そのリアリティーは筆舌に尽くしがたい。パナヒが監督した「これは映画ではない(原題)」は20日に上映されるが、パナヒ自身の近況が撮られているという。
パナヒは「今、生きているという事実、イラン映画をあるがままの形に留めておきたいという夢が、現在私たちに突きつけられている制限を超える勇気を与えてくれた」としたためた手紙を映画祭に寄せた。映画祭のジル・ジャコブ会長とティエリー・フレモーディレクターは「カンヌ映画祭は彼らの保護を表明する国際的組織であり、クロワゼット通りに集まる世界中の映画人が一丸となって彼らに温かい声援を送ってくれることを確信している」と宣言した。
12日夜にテアトロ・クロワゼットで行われた監督週間の開会式では、パナヒに功労賞「黄金の馬車賞」が授与された。これまでジャック・ロジェ、クリント・イーストウッド、河瀬直美らに贈られた賞だ。プレゼンターはヌーベルバーグの大監督、アニエス・ヴァルダ。彼女の登壇は予告されていなかったので、驚いた。受賞者のいない不思議な授賞式だったが、ヴァルダはパナヒの写真の前でトロフィーを掲げ、その功績をたたえた。
フランスでも大々的に報道された東日本大震災に対するアクションもでてきた。コンペ出品のためにカンヌ入りした河瀬直美は17日、東日本大震災の被災者支援のため、世界の映画作家に呼びかけてオムニバス映画を製作する「3.11 A Sense of Home films Project」を発表した。
呼びかける映画作家は約20人で、それぞれに3分11秒の短編映像を作ってもらう。これを集めて約60分の作品とし、震災から半年後の9月11日に、奈良の寺院で奉納上映。その後、東北の被災地を巡回上映する。河瀬がエグゼクティブ・ディレクターを務めるなら国際映画祭が実施する。すでにスペインのビクトル・エリセ、中国のジャ・ジャンクー、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンらが参加を表明しているという。
河瀬自身は3月11日、東京のスタジオで「朱花(はねづ)の月」の仕上げ作業中に震災にあい、「奈良で暮らしている小さな息子と一緒にいないことを後悔した」という。「地面が揺れ、ビルも揺れる。自然の脅威を前に何もすることができず、祈るしかなかった。そして次の瞬間には家に帰らなければいけないと思った」。奈良に戻って、7歳の光祈くんを抱きしめたとき「それが人間にとってかけがえのないことだとわかった」と河瀬。作品テーマの「Sense of Home」にはそんな思いを込めた。
「東北の人たちに生きる希望と勇気を少しでも伝えることができればいい」と河瀬。上映経費を差し引いた収益は被災者への義援金とする。
(編集委員 古賀重樹)
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