2011/4/18

歴史博士

富士山・阿蘇山が噴火

自然災害も止まらなかった。貞観5年に越中越後(富山・新潟)地震。同6年には富士山が噴火し溶岩が流れ出て青木ケ原樹海の原型ができた。同10年には播磨(兵庫県)で地震。京都での体感地震も20回を超えた。

同11年には貞観地震後に肥後(熊本県)・大和(奈良県)で地震が起きているという。この時期には阿蘇山、鳥海山、開聞岳の噴火のほかたびたびの疫病も記録されている。貞観3年には現在の福岡県直方市に「直方隕石(いんせき)」が落ちた。世界で最も古い落下記録のある隕石だ。

貞観地震を研究・調査してきた産業技術総合研究所活断層・地震研究センターの宍倉正展・海溝型地層履歴研究チーム長は東日本大震災を「貞観地震の再来」とし、東北地方の火山活動には今後も注意が必要と見る。ただ当時頻発したその他の地域の噴火には「相関性があるとは言い切れない」といい、過剰な反応は不要と話す。

祇園祭の起源も

ところで同5年には、初の朝廷主催による「御霊会(ごりょうえ)」が行われている。相次ぐ天災を受け、怨霊を鎮める祭りとして始まったものだ。疫病が流行すると民衆が主体の御霊会も頻繁になり、現在の祇園祭は貞観期の祇園御霊会が始まりという。

(電子整理部 松本治人)