新・信長論、相次ぐ 目指したのは「東アジアの王」か

「歴史REAL」は定説を否定する信長研究を相次ぎ紹介

「新・信長論」が相次いでいる。非情な伝統破壊者か、次代を切り開いた革命家か――。織田信長は最近の歴史ブームの中でも1、2を争う人気を誇る。従来の人物論や合戦評に加え、当時の経済圏争奪や東アジア史の流れから全体像をとらえ直す試みが広がってきている。さらに各史料のデータべース化も進むなど「信長学」とも呼べる研究の基盤が固まりつつあるようだ。

3月3日発売の「歴史REAL第2号」(洋泉社)はズバリ、信長特集。城郭研究のほか「あなたの知らない信長」として定説を覆す新説を紹介した。その一つが信長の合戦を武力による天下統一のためではなく、まず経済圏奪取に狙いがあったとする分析だ。

実は都市ビジネス型大名

有名な「桶狭間の戦い」は今川義元を相手に伊勢湾経済圏の支配権を巡る争い。浅井氏らとの「姉川の戦い」は琵琶湖の水運利用、本願寺や毛利氏とは瀬戸内海の流通支配権をかけた長期戦だったとした。父・信秀の代から地元の熱田、津島は商業が盛ん。まず経済活動の動脈を押さえようとする都市ビジネス型大名としての信長像を示した。

さらに「天下布武」の意味も「武」の字が「戈(ほこ)を止(とど)める」と分解できることから、「戦争を未然に防ぐ状態を広く行き渡らせる」という平和裏な天下統一を目指したという考えや、「忍者」で知られる甲賀の出身である滝川一益を抜てきしたり、相撲取りを即座に家臣に採用したりするなど異能の才をもてはやす信長の癖を紹介している。

「実はよく知られていないのが信長」と同誌の渡辺秀樹編集長はみる。創刊号では「長篠の戦い」で採用されたという鉄砲3連射を実験した。火縄銃の専門家でも2発目以降の弾込めには時間がかかる上、発射後の火の飛散具合から現実には無理が多いとしている。約3倍の兵力など総合的な戦略の差が勝因という。最近の社会の閉塞感も影響してか「日本人離れして果断な決断力を持つ信長の人気は根強い」(渡辺氏)。

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