違和感ある? 「マラソン走行中」という表現

2月27日に迫った第5回東京マラソン。2年前には参加した男性タレントがレース中に倒れ、一時意識を失う事故もありました。このニュースをある通信社は「東京マラソン走行中」という見出しとともに新聞社に配信。複数の地方紙では実際の紙面の見出しにもこの表現が使われましたが、「おや」と感じた読者もいたはずです。
近年のマラソンブームも「人の走行」が使われる背景に?(2010年の東京マラソン)

違和感の正体は「人が走っても『走行』といえるのか」という疑問。ほとんどの国語辞典は走行を「自動車などが走ること」としか説明しておらず、人が走る場合にも使ってよいのかはっきりしません。焦点となるのは「など」の範囲で、この中に人も含んでいるという積極的な解釈はもちろんあり得ます。一方で「自動車など陸上の乗り物が走ること」(ベネッセ新修国語辞典)のように限定的に解釈する立場からは、自転車や電車をはじめとした他の乗り物を指すための「など」だと解釈すべきことになります。

この点で大胆なのが「類語大辞典」(柴田武・山田進編、講談社)で、走行を「人間や動物については使わない」と断言しています。ただ動物に関しては例えば競馬の「走行妨害」といった公式用語の存在を無視した形になるわけで、「動物単体では使わない」などの補足説明が必要でしょう。人に関しても、少なくともスポーツ医学の分野では昭和初期からこうした表現があったようです。1936年には東京帝国大学(当時)で「同速度の歩行と走行とに於(お)ける酸素需要量に就(つい)て」という医学博士論文も登場しました。

2004年のアテネ五輪の男子マラソンでは、ある全国紙が1面記事で「首位走行中」という見出しをつけました。明確に否定する辞書があるにもかかわらず「人の走行」が使われるのはなぜ? 見当はつきます。「人が走っている」ことを単純かつ簡潔に表す漢語が存在しないからです。類語を探してみても「疾走」なら猛スピードで、「力走」なら一生懸命走っていなければ使えないし、かといって「伴走」や「競走」では一人で走っているときにはそぐわない。他にも快走・完走・試走・脱走・追走・独走・並走・奔走・走破……と不適切なものばかり。その結果、「走行」という単語でしか置き換えられないのです。とりわけ報道機関の見出しは文字数の制約があるだけに、上記のケースもやむなく使った、というのが真相ではないでしょうか。

(中川淳一)

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