坂本教授の論文「伊藤博文と山県有朋」は「山県有朋と近代日本」(伊藤隆編、吉川弘文館)に収められている

明治前期に盟友関係にあった伊藤とは後期には一転、政党政治への対応を巡り激しく対立する。新党結成や政友会総裁の就任など推進派の伊藤に対し、山県の政党不信は根強かった。

国学院大学の坂本一登教授は「伊藤がいなかったら藩閥政府は既得権益の牙城となり、山県が望む改革すら阻んだだろう」と見る。

藩閥政府の硬直性を揺さぶる伊藤の存在は不可欠だった。最大のライバルである山県はそのことを理解したうえで、伊藤からの感情的な非難に対しても譲るべきところは譲ったと分析している。



幅広かった関心領域

滝井准教授は親ドイツ主義から始まる山県の政治思想の変容を読み解こうとする

山県に読書人としての新たな一面を見いだしたのが国際日本文化研究センターの滝井一博准教授だ。軍事関係と官界の派閥運営にしか興味の無かったような従来の印象を一新した。

「本」(2010年9月号、講談社)で滝井氏は、神奈川県小田原市立図書館の「山県公文庫」を調査した結果をまとめた。ドイツ関係の書籍などに多くの傍線や書き込みが施されていたという。

伊藤のように自ら洋書を読むことは無かったが、訳書を渉猟し、重要な事柄を翻訳させたこともあった。「山県は社会福祉、教育改革の研究チームも個人的に立ち上げていた」(滝井氏)。最新の政治、政策論を幅広く吸収しようとしていた一面を強調する。

「山県研究」 背景に現代政治の迷走

西郷や坂本竜馬、大久保利通ら幕末、維新の英傑に比べると、山県や伊藤らの世代は関心が一段落ちる。それでも新研究が相次ぐ背景の一つには、政権交代後も続く現代政治の迷走がありそうだ。

滝井氏は「伊藤は時勢に対応しながら大局的に判断、決断する知の政治家の資質を持っていた。山県も晩年は政党政治家の原敬の路線を認めるなど、柔軟な姿勢を取るようになった」と評価する。一方、「今日の日本の政治は一つの権力闘争が終わるとすぐ次の権力争いが始まる。奪取と維持が目的化している」と批判する。

学習院大の井上氏は権力リアリストとしての山県に注目する。明治期の東アジア情勢は緊張していた。大陸には内部に大きな矛盾を抱えながら海軍力を拡充する軍事大国の清があり、朝鮮半島は党派抗争で不安定な状況だった。

軍人勅語、参謀本部の独立、統帥権など、山県が主導した政策・制度は今日、多くが批判の対象となっている。しかし井上教授は「山県は自らの権力を持て余したり、ためらったりすることはなかった。近代国家にとって必要と考えた政策を迷わずに実行した」と一定の評価を与えている。(電子整理部 松本治人)

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