生きる証としての台詞 脚本家・北川悦吏子

○抜けるような青い空――。

2009年夏のある夜。入院先の病院のナースステーションで、脚本家・北川悦吏子(48)は、たった1行、そう書いた。

10年にも及ぶ難病との闘いに、一応の終止符を打つべく臨んだ大手術。それで苦しみから解放されるはずだったのに、痛みは治まらない。縫合不全。医者はそう言った。痛い。苦しい。そこに不安が襲う。子どものように泣き叫び、何度も看護師を困らせた。ナースコールで呼び出しては、励まされる日々。「あまりの痛みと不安と恐怖で、大人、という留め金が、外れてしまったんですね」。北川はブログで、そう述懐している。

痛みと不安から震えが止まらなくなり、いつしかナースステーションに駆け込むことで紛らわすようになった。うつ病とも診断された。看護師に交じってばんそうこうの角を切りながら、ごまかしていた、その夜。突然、北川は「私、書きます」と言って、看護師を驚かせ、喜ばせた。

脚本において「○」から始まる文章は「柱」と呼ばれ、場所やシチュエーションを指す。抜けるような青い空の下で、どんな物語を始めようとしたのか。だが、その柱1本が、当時の北川には、やっとだった。

それから約1年後の今年8月、北川は壮絶な闘病記を少しずつつづったブログの記事をまとめ「のんちゃんのふとん」(角川書店)という書籍にして出版した。「のんちゃん」は中学1年になる娘の愛称。術後、帰宅してからも嘔吐(おうと)に悩まされ、自分のふとんを汚してのんちゃんのふとんにもぐり込んだときの思いもブログに書いていた。タイトルはそこから取った。

恋愛ドラマの神様とさえいわれた彼女がこの10年、「10万人に1人」とされる病魔に侵され、入退院を繰り返していたことはあまり知られていない。病気のこと。作品への思い。そして、今後のこと。今年10月、北川は初めて病気に関する取材に応じ、ブログにもつづられていない思いを語った。