新説続々 本能寺の変、黒幕は誰か?

日本の戦国時代で最大のミステリーは「本能寺の変」だろう。天正10年(1582年)、天下統一を目前にした織田信長は重臣・明智光秀の突然の謀反で倒れた。光秀の単独クーデターだったのか、それとも共謀の「黒幕」がいたのか――。最近は東アジア史の視点から変事の真相を読み解くなど、斬新な「信長論」も相次いで登場。熱心な歴史ファンの興味をかき立てている。

安土城考古博物館(滋賀県近江八幡市)で展示中の特別展「室町最後の将軍 足利義昭と織田信長」(11月14日まで)。一般にはなじみにくい専門的な内容だが「専門研究者や熟年の歴史愛好家のほか、若いカップルの姿もちらほら見える」という。最近の歴史ブームのすそ野の広がりに、博物館も驚いている。

三重大の藤田達生教授が今春刊行した「証言 本能寺の変」(八木書店)は、その足利義昭を変事の「黒幕」ととらえる。信長に京都を追放された義昭はなお影響力を保っており、光秀にクーデターを指示したというのが持論だ。

安土城考古博物館で開催中の特別展には幅広い年齢層の歴史ファンが集まっている(滋賀県近江八幡市で)

本能寺の変は歴史ファンにとって、興味が尽きないテーマ。2000年代に入ってからは光秀の背後に黒幕がいたとする新説が続々と発表され、一種のナゾ解きブームすら起きた。

主な説だけでも(1)朝廷が関与(2)キリスト教のイエズス会が計画(3)明智家重臣の教唆(4)家康と共謀(5)本願寺説――などがあり、一般の研究家を含めて百家争鳴状態が続いている。