大阪人に「飴ちゃん」文化材料集まり生産盛ん、会話のきっかけに最適

飴(あめ)のことを「飴ちゃん」と呼ぶほど、大阪の人は飴への愛着が強い。実際、大阪市内には飴の専業メーカーも多く、大阪のおばちゃんのバッグには必ず飴玉が入っているともいわれる。なぜ、大阪にこれほど飴文化が浸透したのか。背景を探った。
菓子店の棚に並ぶたくさんのあめ(大阪府豊中市の「 お菓子の専門店まるしげ せんちゅうパル店」)

「アメちゃん、食べる?」。大阪府飴菓子工業協同組合(大阪市)のポスターにはこんな言葉が書かれている。そしてこう続く。「おうどん、お豆さん、おかいさん。食い倒れ大阪の人は、食べ物と親しくて、つい擬人化して敬称をつけたりする。でも『ちゃん』づけで呼ぶほど親しいのは、この子だけ」

「それだけ大阪の人にとって飴は身近な食べ物」。そう言うのは同組合理事長で飴の歴史に詳しい豊下製菓(同)の豊下正良社長。飴の起源は古く、奈良時代には生産されていたといわれ、中でも大阪は早くから飴づくりが盛んだったという。その理由を豊下さんは「原料が調達しやすかったから」とみる。

飴は水飴と砂糖などを混ぜて煮詰める。水飴の原料となるのはコメや麦で、各地から「天下の台所」とうたわれた大坂に集積していた。南蛮貿易で砂糖も入手しやすかった。「生活が豊かになると甘い物がほしくなる。昔から上方は経済的に恵まれ、早くから飴を食べる習慣が定着したのでは」と豊下さん。

確かに大阪市内には飴の専業メーカーが多い。大手だけでもUHA味覚糖、ノーベル製菓、パイン、扇雀飴本舗などがあり、中小を含めると二十数社に上る。数では東京や名古屋も多いようだが、これだけ大手の専業メーカーが集まる地域は珍しい。

専業メーカーが多いのは、それだけ大きな需要があるから。大阪を中心に菓子専門店「まるしげ」を展開するマルシゲ(同)の山田弘社長によると、全売上高に占める飴の比率は約1割。多くの商品が並ぶ中で1割を占めるのは「かなり売れている証拠」と山田社長は話す。

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