「成功率が劇的に下がったのはデータ分析をキーパー側がうまく使ったからでしょう」と森本さん。これはドイツ大会でアルゼンチンとのPK戦を制したドイツが「キーパーはけり手の順番もボールの方向も分かっていた」と明かしたことが契機になった。データ重視の風潮が定着したのだ。

4年に1度のW杯はトップ級の選手がしのぎを削る欧州リーグなどと違い、あまり顔を合わせたことのない選手が相まみえる特別な大会。それだけに情報が鍵を握る。キーパーに読まれていると意識したけり手は普段以上に重圧が高まり、失敗する例が増えたのだ。

「W杯は試合数が少ないから理論的な均衡点まで行かず、キーパー有利のまま終わったんだな」と章司が納得すると政策研究大学院大学助教授の安田洋祐さん(30)が声をかけてきた。「相手の出方を読むゲーム理論は経済などを分析するのにも使われています」

競合店の反応計算

例えば外食チェーンが出店する計画を立てると、昔からある飲食店は値下げなどで対抗することが多い。チェーン店は相手の反応も計算に入れて出店の可能性を見定めるなど会社経営にも生かされている。ほかにも業界で示し合わせて価格をつり上げる談合を防ぐにはどうすればいいのかなど様々な研究が進んでいる。

「08年秋の金融危機後の制度改革にもゲーム理論が使われています」と安田さん。米国では巨額の資金を動かす一部の金融機関やファンドが、無理な取引を繰り返していたことで危機を招いたとされる。

そこで金融機関の報酬の決め方を変え始めた。これまでは短期の「勝った負けた」で報酬を決めることが多かった。巨額の報酬を得ようと、担当者らはリスク覚悟の強引な取引に手を染めがちだった。そこで長い期間の成績で報酬を決めるよう改め、危ない取引に手を出しづらくしているという。安田さんは「理論の裏付けがあるとルールを変更するのにも社内を説得しやすくなります」と話す。

事務所に帰りがてら詩音は「小学校でもゲーム理論をやっているようなものだわ」といたずらっぽくつぶやいた。「みんなが勉強しだすと先生はテストを難しくするけど、あまり難しいと勉強が嫌になっちゃう。先生と私たちも読み合いね」

(山川公生)

<ケイザイのりくつ>進学先、人気1番校を敬遠しても
国内の公立中学校の約15%は、好きな進学先を選べる学校選択制を導入している。人気校では希望者が多いと抽選になり、外れると別の学校に回る。
これをゲーム理論でみると、第1希望にどの学校を選ぶかが子どもにとり重要な戦略となる。倍率の高い人気校を希望して抽選に外れたくなければ人気2番手の学校を「第1希望」として届け出る戦略があり得る。
ただ、同じことを考える子どもが多いとこの作戦も効果が減る。高倍率になって結局、人気2番手の学校にも入れない憂き目をみる可能性も。周りの行動をどこまで読むかが勘所だ。

[日経プラスワン2010年7月24日付]

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