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希代の名優、色あせぬ魅力 森繁久弥さん追悼イベント相次ぐ オムニス関西

2010/3/29 日本経済新聞 電子版

昨年11月に96歳で他界した国民的俳優、森繁久弥さんの追悼イベントが、生まれ故郷の大阪で相次いでいる。偲(しの)ぶ会や出演作の特集上映などから、多くの国民から愛された名優の人柄や、演技力のうまさを改めて認識させられる。

森繁久弥さんを偲ぶ会には1200人の市民が集まった(2月6日、大阪・枚方市民会館)

大阪府枚方市の市民会館に、満員の観客と舞台上のコーラスが合唱した「知床旅情」が響きわたった。枚方は森繁さんが小学校1年まで過ごした生まれ故郷。郷土の偉大な俳優をたたえようと、先月初め市民葬「森繁久弥さんを偲ぶ会」が開かれ、合唱や献花、映画上映などが執り行われた。

式典の最後に、遺族を代表して次男の建氏が「父は枚方をふるさとと思い、いつも気にかけていた。できるだけ長く森繁久弥という名前を覚えておいてください」とあいさつした。偲ぶ会の入場整理券は1月に配布されたが、用意した700枚は1時間でなくなるほどの人気だったという。

手紙などを公開

当日、市民会館のロビーには直筆の色紙や手紙、映画や舞台の写真、市民から寄せられたゆかりの品が公開され、1991年に受章した文化勲章や昨年12月に授与された国民栄誉賞も展示された。ロビーには市民が押しかけ、懐かしがったり誇らしげに見つめたりする姿が印象的だった。

曽祖父が森繁家の執事をした縁で家族ぐるみの付き合いをしたという枚方市在住の高校教師、真先友宏さん(49)は長男の名付け親を頼み、「達(とおる)」という名前を付けてもらった。「高校3年の長男は森繁さんの映画を見て、『こんなに芝居がうまい役者はいない』と驚いていた」

枚方市では9年前に5作品を上映した森繁久弥映画祭を開いており、「またやったらどうか」という声が出ている。映画祭を企画した映画評論家の奥田均さんは「これほど味わい深い演技ができる人はいない」と評し、「生誕100年にあたる3年後に映画祭が開ければ」と意欲を見せる。

3月6日に大阪市の大阪歴史博物館で開かれた「おおさかシネマフェスティバル」でも、追悼特集が組まれた。代表作の駅前シリーズの1つ、「喜劇 駅前競馬」と名匠・川島雄三監督の人情劇「暖簾(のれん)」が上映されたほか、生前森繁さんと親交が深く、駅前競馬の脚本も書いた作家の藤本義一さんが思い出を語った。

森繁久弥さんとの思い出などを語る藤本義一さん(大阪市中央区の大阪歴史博物館)

川島監督の弟子でもあった藤本さんは撮影所で森繁さんと親しくなり、お互いに「繁さん」「ぎっちゃん」と呼び合ったという。「どんな役も見事にこなすが転換も早い。仕事後どこで飲もうかを考え、撮影の合間にバーのママに電話するよう頼まれたこともある」

いたずら好き

ちゃめっ気もたっぷり。神戸のクラブに一緒に行った時、森繁さんから「好かれてるぞ」とママの部屋の鍵を渡され、一睡もせずに部屋で待っていたら、朝帰ってきたママから「お留守番ありがとう」と言われた。空き巣を心配するママのために、藤本さんをだまして留守番役にしたというエピソードだ。「本当にいたずら好きだった」と藤本さんは懐かしがった。

大阪市の映画館「シネ・ヌーヴォ」は1月に文芸映画特集の中で森繁作品を4本上映したのに続き、7月下旬から6週間かけて追悼特集を企画している。駅前・社長シリーズや代表作の「夫婦善哉」など50本を上映し、ゆかりの人を招いたトークショーも開く予定だ。

「1月はいつもの特集上映より入館者が多かった。俳優で客が呼べるのは市川雷蔵と森繁久弥ぐらい。夏の特集は相当お客さんが入るのでは」とシネ・ヌーヴォ支配人の山崎紀子さんは期待する。

森繁さんが亡くなって4カ月。改めてぽっかりと空いた穴の大きさを実感する人は多い。希代の役者はこの世を去ったが、その姿は人々の心の中にいつまでも残るだろう。

(大阪・文化担当 高橋敬治)

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