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最近は日本でもCSV(共通価値の創造)など民間企業が社会問題を解決しながら価値創造するという考えが浸透して来ました。その原点ともいえる一冊が「ネクスト・マーケット」です。

著者の故プラハラード教授は同書で、アジア・インド・アフリカ・中南米など新興市場の貧困層をBOP(所得ピラミッドの底辺)と呼びました。現在、世界は少数が富を独占し、他方で1日2ドルで生活するBOP層は世界に40億人いるといわれます。プラハラードは「このピラミッドの底辺こそ、ビジネス機会と捉えるべき」と説いたのです。

早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄氏

早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄氏

第1章では読者にこれまでの「支配的な論理」からの脱却を求めます。「貧困層こそ大きなビジネス機会である」が本書の主張ですが、これは逆に言えば我々が貧困層に対して支配的な論理・思い込みを持っていることの裏返しでもあります。

その思い込みとは、(1)貧困層には購買力がない(2)貧困層は高技術の製品を受け入れない(3)貧困層はブランド志向でない(4)BOP市場へのアプローチは難しい(5)貧困層は情報ネットワークを持たない、などです。

しかし、これらはBOPの実態と大きく異なるとプラハラードは主張します。例えば、インド・ムンバイ郊外の貧民街では、住民の85%がテレビを、75%が圧力鍋・ミキサーを持っています。バングラデシュの貧民街の住民は所得の7%を携帯電話の通信料に使っています。ブラジルの貧困層向けの店でよく売れているテレビはソニーなどのブランド品です。すなわち(1)~(3)の思い込みとは逆に、貧困層も本当は高機能でぜいたくな物にお金を使いたいのです。

さらに近年は安価なスマートフォンやそれらを時間貸しするサービスが貧困層にも普及しつつあり、結果として(4)(5)も当てはまらなくなってきています。このように、まずは貧困層への思い込みを捨てBOP市場をビジネス機会として再定義することが重要なのです。

ケーススタディー 「支配された論理=思い込み」からの脱却

ここからは、「支配された論理」を脱却することで新たなビジネスモデルを提示して、BOP市場で成功しているブラジルの最大手小売業カザス・バイアの事例を取り上げましょう。

ブラジルでは依然として、貧困層の多さが社会問題となっています。同書によると、1億8000万の人口のうち、世帯収入が月2000レアル(約6万円)以下のBOP層は84%にも上ります。実際、カザス・バイアの顧客も7割は正規の安定収入を持たず、平均月収は400レアル(約1万2千円)程度です。

通常、私たちは「このような貧困層は清潔な住居など、まずは生活の基盤となるものを第一に求める」と思いがちです。「テレビなどのぜいたく品は彼らの手に届かないし、ましてや高級ブランドテレビなど選択肢にもない」とも考えがちです。しかし、これは我々が持つ「支配された論理・思い込み」にすぎません。例えばブラジルでは、世帯収入が月800~2000レアルの貧困層の間でも、テレビの普及率は96%に至ります。最も収入が低い、世帯収入が月400レアル以下の層でも、普及率は72%もあるのです。

「テレビを楽しみたい」との夢をかなえる

ブラジル人は娯楽を重んじる国民性があり、その代表はテレビ鑑賞です。テレビを見て楽しみたいという欲求は所得レベルにかかわらず誰もが持っているのです。「良いテレビで番組を見る」というのは貧困層の夢なのです。

しかし、一般にテレビは高価であり、貧困層がおいそれと新しいテレビを買えるものではありません。それに対してカザス・バイアが提供するのが、テレビ・家具等を購入する貧困層に同時に融資を行い、ローン払いでこれらの家電・家具を買ってもらうことです。

もちろん、このような仕組みはカザス・バイアだけでなく他の小売業でも行われています。しかし他企業が融資機能を消費者金融などの第三者に外注するのに対して、カザス・バイアの特徴は小売業である同社が金融機能も持ち、融資も行っていることです。

一般に、小売りと融資を別々の企業が担えば、回収リスクのない小売りは相手の所得状況など考えずに「高いものを売りつけよう」と考えます。一方で、金融業者はそのような貧困層は情報がとりにくく、信用調査システムも役に立たず、融資がきわめて難しくなります。仮に融資ができてもリスクが高く、非常に高い金利等の条件をつけなければなりません。

しかし、カザス・バイアは小売りと融資の両方を行うことでこの問題を解消します。まず、貧困層の顧客がテレビ等を買いにきたとき、彼らは同時に融資のことも考えますので、彼らの所得状況をよく観察します。そして、例えば彼らが50インチのテレビを求めても、それが彼らの所得状況から「返済不履行になるリスクがある」と判断すれば、無理せず30インチのものを買うように勧めるのです。

新しいビジネスモデル「クロス・セル」

一方で融資においても、小売りレベルで販売員が顧客との深い対話から情報を直接とり、返済可能性を目利きすることで、より正確な信用情報が得られ、結果として低金利での融資を可能にします。実際、ブラジルの消費者金融の平均利率は月14%に上りますが、カザス・バイアの融資の平均金利は月4%にすぎません。債務不履行率も8.5%に抑えられています(BOP市場を対象としている競合企業の債務不履行率は16%)。

このビジネスモデルのメリットはそれだけではありません。カザス・バイアから融資を受けた消費者は毎月、同社の店舗に直接出向いて返済をすることが義務づけられています。そこで、購入額の半分までの返済が終わった顧客に対し、小売り担当が新たな家具・家電(たとえば洗濯機)などの別製品の購入を勧めることができるのです。毎月店舗に返済に来てもらうことで顧客との接点を保ち、それを次の小売りのチャンスにつなげ、しかし彼らの返済力を考えて無理のないレベルで販売していくのです。これをクロス・セルと呼びます。

このようにカザス・バイアのビジネスモデルは、これまで良い家電・家具を購入したくてもできなかった貧困層にそれを実現させ、一方で小売りと金融の両輪で高い利益性も保っているのです。まさに社会に貢献しながらビジネスとして成立させるBOPビジネスの代表格といえるでしょう。そしてこの背景には、「貧困層はテレビ等のぜいたく品を買ってくれない」という我々の思い込みを捨てることが、その第一歩としてあるのです。

入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール准教授
1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。08年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーに就任。13年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。主な著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」(日経BP社)がある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

(2)「使い切り化」革命~貧困層に浸透、薄利多売で収益 >>

ネクスト・マーケット[増補改訂版]――「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ)

著者 : C.K. プラハラード, C.K. Prahalad
出版 : 英治出版
価格 : 3,456円 (税込み)

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