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2人の師範代に鍛えられた。

1970年に大野耐一さんの下にできた生産調査室は、いわばトヨタ生産方式の総元締。私は製造現場に所属していたため、大野さんの直接指導を受けるのはまれで、もっぱら鈴村喜久男さんからの檄(げき)が連日飛んできました。

生産現場をまわる張富士夫氏(右)(米ケンタッキー工場)

生産現場をまわる張富士夫氏(右)(米ケンタッキー工場)

私の師範代を務めてくれたのが現顧問の池渕浩介さんと、名誉会長に就かれた張富士夫さんです。池渕さんは安易に妥協しない先生で徹底的に鍛えていただきました。張さんは皆が優しい人という印象を持っていたようですが、実は輪をかけて厳しい先生なのです。

ある時、大野さんが出した課題をやるよう張さんの指示を受けました。張さんは法学部卒の事務系です。工学系の私はそれには技術的な困難があると整理して説明したところ「そうか分かった。できないんだな。それじゃあ他の人に頼むからいいわ」と事もなげに言われてしまいました。

慌てて「できないと言っているのではありません」と答えると、張さんは「そうか、やってくれるかね」と笑顔で仕事の発注です。ところが張さん、「はい」と受けた翌日から連日現場を見に来るんです。全く逃げ場のない状態でした。

張さんのフォローは一味違いました。鈴村さんたちは8割程完成しても「まだできんのか、バカタレ」で始まります。こちらが「なにくそ」と頭にきたところにポンとヒントを与えてくれます。張さんは2割程度進捗したところで「おお、ここまでできたか。ありがとう」と切り出し「なら次はこうできんかね」とヒントを置いていくわけです。

タイプは違いますが、結局はできるまでフォローする厳しさは変わりません。人をその気にさせるには、ただ褒めればいいというものではない。自分の個性と相手の個性を見極めて、色々なやり方があるということを学びました。

大野さんの直撃弾。

ホンダの鈴鹿製作所を見に行く機会があり、気づいたことを大野さんに報告しました。私は日ごろの教えを正とし、悪いところを書き並べて報告すると、「なぜ良い所を見てこなかったのか。出張費を返せ」とものすごい勢いで叱られました。現場で作業待ちが散見されたホンダですが、どちらが良いかは別としてコンベヤーを回す速度がトヨタより上だったからです

なるほどと反省したら、少し大野さんの厳しい顔が和らいできたので「コンベヤーの最適スピードはどう考えれば良いですか」と尋ねてみました。「ワシの思考回路には最適とか限界という考えはない。最適とか限界というのは前提条件を固定したときに決まるものだ。君たちは前提条件を覆す為に採用されているのだ。くだらん質問はするな」と一喝。またひとつ勉強になりました。

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