ひらめきブックレビュー

なじみの店を持たない覚悟 ヒット曲をつくる振る舞い 『プロデュースの基本』

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ポール・マッカートニーのライブに久しぶりに出かけたら、新曲がとてもよかった。けれども観客からの拍手は少ない。ポールはアプローチを進化させているのに、聞き手は昔の音楽を好み、新しいものを必要としていないのかもしれない――。

本書『プロデュースの基本』で考察された内容だ。著者で音楽プロデューサーの木崎賢治氏は、昔好きになった音楽をずっと好きでいる状態に「怖さ」があるという。音楽を仕事にしているせいでもあるが、常に新しい感動や驚きを味わいたいとの思いがあるのだ。だから、ある時期までは昔の好きな曲をあえて聞かずにいた、と語る。

本書はこうした、クリエイティブであるための心得、ものづくりを成功させる秘訣、誰もが気持ちよく仕事ができるコミュニケーション術などを惜しみなく明かしたもの。ヒット曲を連発した名プロデューサーの視点が、どんな業界にも応用できる仕事術として学んでいける。木崎氏はアグネス・チャン、沢田研二、槇原敬之、BUMP OF CHICKEN などの楽曲制作・プロデュースを手がけた人物である。

■「慣れること」の怖さ

冒頭のエピソードのように、著者は「固執すること」を自戒している。洋服やレストランでも、なじみの店は作らないようにしているそうだ。音楽でも、ヒット曲ができたからといってその作り方を踏襲していると、良い曲が生まれなくなる。慣れないこと、初めての方法にトライすることで、今まで以上のパワーが出るという。

そんなスタンスは新人の起用にも垣間見える。過去の作品や経歴を気にせず、話をしてみて良さそうな新人クリエイターとどんどん組んでいった。アグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」(1974年)を作成したときには作詞・松本隆、作曲・穂口雄右、演奏はキャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫)を起用。みな駆け出しだった。そうそうたる顔ぶれだが、当時は偉いプロデューサーから「素人みたいなのを集めて何してんだ!」と怒られたそうだ。

新人にはこれまでにないサウンドがあり「新しい風」を運んでくれる、と著者。ただしそんな冒険ができるのも、自分のイメージや世界観をしっかりと持ち、相手に伝えられるからだ。クリエイターとの交渉には、どんな工夫があったのか。

曲や歌詞を直す作業はナイーブだ。プライドを傷つけることもある。だから遠回りしてでも根気強くコミュニケーションをするという。ときには歌詞を直したい場合に、「曲、いい感じだったよね」と本題を外すこともある。すると相手から「歌詞はどうだったの? ちょっとわかりづらいかなあ?」と切り出してくれたりするそうだ。大事なのは、クリエイターの労力を想像し、「感謝の気持ち」を持つことだと説く。

このことは、普段の業務や組織をまたいだコラボレーションにおいても同じだろう。みながいきいきと創造性を発揮できる職場、仕事の進め方を考えるときに、はっとするヒントが満載だ。

今回の評者=安藤奈々
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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