ライフコラム

けいざい半世紀

「地球の歩き方」と歩く海外旅行自由化50年

2014/4/3

 観光目的でパスポートを自由に取得できるようになったのは1964年4月1日のこと。その1週間後に出発した「ハワイ7泊9日」の旅行費用は36万4000円、当時の国家公務員の大卒初任給の約19倍もする超高額商品だった。海外旅行の旅費を積み立てながら自由化を待ちわびた人も多く、この年の海外渡航者数は約12万7000人にのぼった。和服姿で飛行機に乗り込む女性も珍しくなかった。

海外パック旅行は自由化当時、超高額商品だった(1964年4月、羽田空港)

学生旅行者の文集が原点

 飛行機の運賃は普通の若者にはあまりにも高額だった。船でソ連のナホトカ港まで行き、シベリア鉄道でヨーロッパを目指す若者が多かった。70年にジャンボジェット機が日本に就航すると、座席供給数も増え、航空券の価格も下がり始めた。卒業旅行で海外に出かける大学生が目立ちだしたのもこの頃だ。

 ガイドブック「地球の歩き方」を手に海外を旅した人は少なくないだろう。79年に書店に並び、80年代は「若者のバイブル」と呼ばれた。日本人の海外旅行文化に与えた影響は小さくない。海外旅行自由化から、まる50年。地球の歩き方をガイドに若者の海外旅行の歴史を歩いてみよう――。

 東京・渋谷駅から電車と徒歩で30分弱。東京都目黒区内の住宅街の一角に2013年春、シェアハウス「歩き方ハウス」が登場した。築50年の木造2階建てに若者6人が暮らす。オーナーの川田秀文氏は68歳。地球の歩き方に30年以上携わるベテラン旅行ライターだ。今でも年間100日程度は取材のため、海外を飛び回る。

 昨秋、川田氏は「地球の歩き方 東アフリカ編」改訂作業のためケニアの首都ナイロビを訪れた。ナイロビを離れて数日後、取材を検討していたショッピングセンターがイスラム過激派に襲われ、多数の死者が出た。テロの2~3日前には、このショッピングセンターの近くで取材していたという。ナイロビについては従来から「用事もないのに出歩くことは絶対避けてほしい」と書いてきた。ソ連が崩壊した時も地球の歩き方の取材で現地にいた。「ガイドブックは生き物。自分の肌身で感じたことを紙面で伝えていく」

世界の大半の地域をカバーするガイドブック「地球の歩き方」(東京都千代田区の丸善 丸の内本店)

 世界の大半の地域をカバーする地球の歩き方は、「ヨーロッパ編」と「アメリカ・カナダ・メキシコ編」から始まった。それぞれ初刷り1万部からのスタート。創刊した79年の海外渡航者数は400万人。2012年の2割程度だが、海外に出かける人は右肩上がりで増えていた。発行元のダイヤモンド・ビッグ社は、経済誌「週刊ダイヤモンド」を出版するダイヤモンド社が就職情報誌を発行する目的で1969年に設立した。学生の入社前海外研修ツアーは手掛けていたが、旅行は本業ではなかった。

 地球の歩き方2代目編集長の西川敏晴氏がビッグ社に入ったのは71年。大学時代にヨーロッパやインドでバックパッカーの旅を経験し、現地で手にした節約旅行のバイブル「EUROPE ON $5 A DAY(ヨーロッパ1日5ドルの旅)」と呼ぶ英語のガイドブックのような本を作るのが夢だった。

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