ひらめきブックレビュー

がむしゃら×時代の要請 木のストローが売れた理由 『木のストロー』

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住宅会社のアキュラホーム(東京・新宿)で働く一見どこにでもいそうな普通の女性社員が、世界初となる「木のストロー」を作った。環境問題に配慮した木のストローは、農林水産大臣賞やグッドデザイン賞など数々の賞に輝き、国内外から注目を浴びている。広報に所属し、物づくりに関してはド素人とも言える彼女が、偉業を達成できたのはなぜだろうか。

本書『木のストロー』は、当事者である西口彩乃氏が自ら開発の舞台裏を語った一冊だ。実は、木のストローを発案したのは環境ジャーナリストの竹田有里氏。広報の仕事でお世話になっている竹田氏から、間伐材を使って木のストローを作ることで、森林保全と廃プラスチック問題に取り組みたいと相談を受けたのが事の始まりである。

■時代に求められた発明

住宅会社が木のストローを作ったところで家は売れない。普通なら早々にお断りするだろう。実際に上司たちからは「うちはストローの会社じゃない」と猛反対されている。それでも、頼まれたのに何もせずに「できません」とは言いたくないと、著者はストロー作りを進める決意をする。広報的にも意義があることだと役員に直談判し、木のストロープロジェクトを開始した。

とは言え、ゼロからのストロー作りは容易でない。製造会社もゼロからネットや電話で探した。木材に穴をくりぬくなど試行錯誤を繰り返し、何とかスライス材を手作業で、筒状に巻く方法にたどり着いた。しかし、接着方法や耐水強化、安全性の確保と課題は尽きなかった。

それでも著者は諦めない。市販の接着剤を片っ端から試してもうまくいかないとわかれば、デンプンやコンニャクなどを買い込み、ガスバーナーであぶりながら接着を試みた。それでもうまくいかないと、町工場が集まるエリアに足を運び、何か一つでも開発のヒントを得られないかと歩き回った。

そしてついに、厚さ0.15ミリのスライス材を斜めに巻いた木のストローが誕生する。利用先としてホテルを回り、断られるなか、ザ・キャピトルホテル東急が導入を決定。お披露目の記者会見を行うとメディアが押しかけた。反響はすさまじく、なんと2019年のG20(持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合)で世界のVIPに使われることになった。国連のSDGs(持続可能な開発目標)の複数の目標項目を一度にクリアしてしまう木のストローは、時代に求められた発明だったのだ。ザ・キャピトルホテル東急だけでなく、成田空港や小学校の授業でも使われるようになった。

華々しい成功譚(たん)ではあるが、ストローが有名になるにつれ関係先との協働がうまくゆかず悩んだり、仕事量がコントロールできずダウンしてしまう姿も赤裸々につづられている。知識や特別なスキルがなくても、どうにか実現しようと一生懸命になることで、新しい世界が開けた、と振り返る著者。要領良く立ち回ろうとせず、がむしゃらに進む姿勢は胸に迫るものがある。仕事に限らず、一見無駄と思えることを頑張ってみると日々が一変するのではないかと、そんな気持ちを抱かせてくれる。

今回の評者 = 川上瞳
情報工場エディター。大手コンサルティングファームの人事担当を経て、書評ライターとして活動中。臨床心理士、公認心理師でもある。カリフォルニア州立大学卒。

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