ひらめきブックレビュー

夢物語でない2060年 技術は人類をどこまで変える 『2060 未来創造の白地図』

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世界中に吹き荒れた新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の嵐も、ようやく晴れ間が見えてきている。長い自粛生活で精神的にも経済的にもつらい思いをした人も、やっと「これから」を考えられるようになったのではないだろうか。一方、在宅勤務やweb飲み会でデジタル技術の恩恵を受けた人も多いはずだ。ポストコロナとテクノロジーを組み合わせた、近い未来を想像するのに、今はとても良い機会だ。

本書『2060 未来創造の白地図』は、交通、ファッション、農業など幅広い分野で2030~60年ごろに起きる変化を予測したものだ。インスピレーションも交えながら私たちの生活に起こる変化を予想する「未来予想図」パートと、そんな未来を実現させるのに鍵となる技術動向を「未来の部品」パートとして2段構えでまとめている。国内外の研究機関などから集めた膨大な量の調査、資料をもとに、読者を「夢物語で終わらない」未来旅行へ誘ってくれているところが素晴らしい。

著者は世界80か国以上の新事業、新サービス、新技術、特許情報などを独自に分類・分析しているアスタミューゼ社のテクノロジーインテリジェンス部部長、川口伸明氏。

■「身体性デザイナー」が活躍

本書で2030年以降の未来予想図を少しのぞいてみよう。健康寿命が伸びて、100歳現役時代が到来する。テクノロジーの進歩によって身体機能や知覚能力の衰えを「個性」と捉えることも可能になるという。

例えば、脳波や音声、アイトラッキング(視線計測)によってコントロールできるヒューマノイドモビリティ技術などが誕生する。従来の車いすの代わりに、自律走行する外骨格ロボットやパワードスーツが開発され、下半身に障がいがあっても立ち上がって歩けるようになる。ドローン技術と組み合わされ、地面から浮いて移動するようにもなる。自分の下半身を「着せ替える」感覚も生まれ、「身体性デザイナー」なる職業も生まれるかもしれない、と著者は予想している。自分の半身を着せ替えるとは驚くべき認識の変化だが、障がいを取り除くのではなく、楽しむ方向へ意識が変われば、誰もが生きやすい世界になるだろう。

■離れていても五感が伝わる

身体とともに知覚も拡張される見通しだ。本書で紹介されている日本のスタートアップFOVE(東京・港)は、テレイグジスタンス(遠隔臨場制御)技術をVR技術で開発している。すでに寝たきりの祖母が、ヘッドマウントディスプレーを使って、孫娘の結婚式に参加した事例もある。今はまだ映像と音声のみだが、このテレイグジスタンスに「五感」を伝え合う技術が加われば、心まで伝わるようになると著者は説明する。

現在日本ではカイコガの触覚にある嗅覚機能をセンサーに応用する研究が進んでいるが、その仕組みを発展すればロボットノーズ(人工嗅覚)も夢ではない。嗅覚、知覚が通信手段を介して共有できるようになれば、臨場感はさらに増し、身体的にも知覚的にも、制約から解き放たれるのだ。

本書の最後の章のテーマは、AIの進化。著者は人間の知能はAIに代替されるが、「想像力」が人類最後の知的資源になると予言している。未来を想像してワクワクすることが、今の私たちにいちばん必要なものかもしれない。

今回の評者=高野裕一
情報工場エディター。医療機器メーカーで長期戦略立案に携わる傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。長野県出身。信州大学卒。

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