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エーリヒ・ラインスドルフ 驚異の聴覚が支えた厳格主義 生誕100年の指揮者9人 極上のクラシック(2)

2012/5/11

 最晩年は古巣のドイツ語圏でもマエストロと尊敬され、R・シュトラウスやストラヴィンスキーら直接薫陶を受けた作曲家の解釈では傑出した存在となった。

ラインスドルフの代表盤、コルンゴルトのオペラ「死の都」

 ただ厳格さ、気むずかしさは相変わらず。現在もフランクフルト放送交響楽団の第2コンサートマスターを務める倭伴子(やまと・ともこ)は「何人もの弁護士を介し、やっと契約が成立する。リハーサルに現れれば、みっちり油をしぼられる。でも本番は『音楽は自由であるべきだ』との信条に従い、ぐっと手綱を緩めるから奇跡の名演になる。思わず『また、客演してくださいね』と握手してしまい、1年後に後悔する」とバトルの内幕を楽しそうに(?)打ち明けた。同響との本番にも黒1色のラフな服装で現れ、指揮棒を持たず、楽員たちの自由に弾かせていた。

 ラインスドルフの膨大なディスコグラフィー(盤歴)の中での金字塔は75年、ミュンヘン放送管弦楽団とバイエルン放送合唱団、ルネ・コロ(テノール)、キャロル・ネブレット(ソプラノ)、ヘルマン・プライ(バリトン)らと録音したコルンゴルトのオペラ「死の都」の史上初の全曲ノーカット盤(BMG→ソニー・クラシカル)だ。

 ラインスドルフと同じファーストネーム、モーツァルトのファーストネームと同じミドルネームを持つウィーン人、エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト(1897~1957年)はマーラーがほめたほどの神童だった。ユダヤ系だったため米国へ渡り、ハリウッドの映画音楽で一世を風靡した。

 戦後はウィーンへ戻るが、逆にねたまれ、失意のうちに亡くなった。20年に初演された「死の都」はベルギーの古都ブルージュを舞台にしたロダンバックの小説に基づく傑作。退廃的で美しい響きを克明に再現するラインスドルフは、自らの流転の人生をコルンゴルトに重ねていた、と確信できる凄絶な名演だ。

=文中敬称略

エーリヒ・ラインスドルフ(オーストリア→米国) 2月4日生まれ、みずがめ座。「強い意志と熱意を持つ野心家」。1993年9月11日没、81歳

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