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経営学は変化し続けていて、学びを怠ることができない PIXTA

経営学は変化し続けていて、学びを怠ることができない PIXTA

経営学は日々進歩しています。経営理論の常識もこの30年でずいぶん変わってきているものです。

たとえばマイケル・ポーターが提唱した戦略の3つのフレームワークがあります。すべての戦略はコストリーダーシップ、差異化、集中の3つに分類され、そのいずれか、ないしは組み合わせにおいて成功することで、企業は持続的な優位性を構築することができるという有名な理論があります。

最近の定説では、この理論は部分的には間違っているそうです。どこが間違いかというと、IT(情報技術)が進化し技術革新が進んだ結果、現代では企業が持続的に優位性を維持することはできないことがわかってきたというのです。

長期にわたって高収益を続けている企業を分析してみると、実は長期的持続的な優位性を享受しているのではなく、あひるの水かきのように水面下で努力して常に新しい戦略を打ち出していることがわかってきたのです。

古典的な経営理論との向き合い方

では、ポーターの伝統的な戦略理論は使えないのかというと、決してそうではありません。経営理論の骨格としては今でもポーターの理論は正しい。しかし、そこに常に新しい経営環境が生まれているので、理論が使える範囲をしっかりと理解しなければならないということなのだそうです。

品質とコストに関わる理論、従業員を費用と捉えるのかそれともアセット(資産)だととらえるのか、経営資源の選択と集中をどう行うのかなど、経営学の分野では昔からある議論であると同時に、現代でも議論が分かれるものは少なくありません。

日本企業は長い間、従業員は家族であり競争力の源泉であると考えてきました。その考え方が多くの日本企業でなぜ今、通用しなくなってきているのか? その一方でグローバルな優良企業のなかには、従業員の仕事環境に投資をすることこそが競争力を生み出していると公言する企業が増えています。

結局のところ、経営理論の難しいところは、それが特定の条件下で通用するかどうかを判断するところにあると思います。一般的には通用する経営理論が、自分が関係する特定のビジネスの条件下でも通用するのか?

当たり前のことですが、理論は理論。それがそのまま適用できるのかどうかは、実践的な頭を働かせてみないとわからないことなのです。

問題
 経営学の基本に「規模の効果」があります。規模が大きい企業のほうが小さい企業よりも収益性が高くなるという一般法則ですが、よく教科書に出てくる製造業の大量仕入れの効果や大量生産の効果は、実際の規模の効果としてそれほど大きなものではありません。実はメーカーの規模の効果が効いてくるのはそれ以外の二つの領域の方が大きいのです。一つは多額の研究・開発(R&D)投資が必要となるハイテク企業や製薬企業。それともう一つ、メーカーにとって規模の効果が大きく効く要素があるのですが、それはいったい何でしょうか?

【ヒント】
規模が大きい消費財メーカーにとって絶対的に有利なものは何かを考えてみましょう。

正解 広告(マーケティング)投資

多額のマーケティング費用をかけて行う商品宣伝やブランド構築では、累積的に投入したマーケティング費用の大きさの「べき乗」で収益性に差が出てきます。つまり、たくさんのマーケティング投資ができる大きな企業の方が、ブランドの戦いでは有利になるのです。

グローバル企業ではアップル、コカ・コーラ、ルイ・ヴィトン、サムスン、日本企業ではトヨタ自動車、ソニーといった企業は、少なくともマーケティング投資の面では規模の小さな競争企業よりも優位な立場にあるのです。

規模の効果に限らず、経営学の教科書の記述にはちょっと古いという内容が多々あります。そのほうがわれわれコンサルタントには助かりますけどね。教科書が正しいとコンサルの仕事が減りそうです。

経営者、経営学者、経営コンサルタントの異なる立ち位置

経営学は常に進化を続けています。経営者と経営学者、そして経営コンサルタントの誰がその進化を理解するのに有利でしょうか? ここには興味深いパラドックスがあります。

経営者はまさに進化を続けるビジネスのまっただ中にどっぷりと浸かって、最前線で市場や競争環境の進化を見続けられる立ち位置にいます。しかも自分の経営判断で巨額の投資を行い、そこで起きることを全て見届けられる立場にもあります。その観点で言えば、偉大な大企業の経営者は、経営学者や経営コンサルタントが足元にも及ばない優れたインサイトを持っているものです。

ただ、深い経験という意味では、一つの企業での経験値しか見えないという点が難点です。

経営学者はさまざまな企業で起きている事象を分析することで、経営戦略の普遍的原理を数値的に検証する仕事です。実際にそのアプローチを見せていただくと、非常に洗練されていて、そこで発見された結果も、実に面白い洞察に富んでいます。

ところが、経営学者の研究には、一つ足かせがあります。それは研究結果が開示されてしまうこと。当然のことですが、企業には機密情報も多く、そのため本当に面白い発見のあるデータは実は経営学者の手には入りにくいところにあるものです。

経営コンサルタントは複数の企業で実際の機密データを取り扱いながら、経営の新しいルールを発見するという観点では非常にチャレンジングな仕事です。非常に面白い発見をたくさん抱えているのですが、なにしろ機密保持契約を企業と結んでいる関係で、そこで発見したことを広く社会に提供することができません。

つまり三者とも、経営学の進化に部分的にしか絡むことができない構造なのです。

仮に三者が立場を頻繁に入れ替えることができれば、経営学はもっと早く進化することができるのでしょうか? そうかもしれませんが、ビジネスとは競争相手よりもどうもうけるかの戦いである点が面白いわけです。ですから、わかることばかりでなく、わからないことがいろいろあったほうが面白いと思うのは、私だけでしょうか?

[「日経Bizアカデミー」で2013年11月29日に公開した記事を転載]

「戦略思考トレーニング」は木曜更新です。

鈴木貴博
 百年コンサルティング代表取締役。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループを経て2003年に独立。持ち前の分析力と洞察力を武器に企業間の複雑な競争原理を解明する競争戦略の専門家として活躍。

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