そうめん、夏野菜と食べる涼味 家族でそうめん流しも
『夏がくれば思い出す~』の歌ではないが、鹿児島出身の私には、夏が近づくと必ず食べたくなる、思い出の食べ物がある。夏の昼ごはんの定番、冷やしておいしい、つるつると食べられる極細の麺。
そう、そうめんだ。
といっても、思い出のそうめんは自宅で食べるものではなかった。私が育った鹿児島県の薩摩半島南部にある指宿市には「唐船峡のそうめん流し」という名スポットがあるのだ。渓流沿いに数店のそうめん流し店が集まり、水辺の涼しさを感じながら避暑がてらにそうめんを食べられるとあって、家族連れにも観光客にも大人気だった。
渓谷へ続く道を下りると、川辺に広がる謎の円卓。よく見ると、中華の円卓のように見えるのは実は「そうめん流し器」で、真ん中にそうめん入りのざるをボンと置き、周囲をぐるっと囲むように水が流れるようになっている。
客はめいめい、そうめんをとって、水流にちょっとずつ流し、ぐるぐる回る麺をすくって食べる。他県出身の人がこの光景を見たらおそらく麺食らう、いや面食らうだろう。指宿のそうめん流しは回るのだ。のちに他県へ旅行して青竹を流れ落ちるそうめん流しをはじめて見た時は、そりゃショックだったものだ。
川魚の塩焼きと味噌汁がセットになった定食でそうめん流しをいただくのも唐船峡流。九州らしい甘いつゆも人気だった。涼しさを求めて川のそばで食事するのは京都の川床の南国版と言ってもいいだろうか。
私が小さいころには、敷地に秘宝館があったり、客が川を泳ぐ鯉やマスに仲間の塩焼きを与えていたりと、子ども心に「いいのかそれで!?」と感じた一幕もあるのだが、まあ、それらもそうめんの思い出に花を添えてくれている。
ネギ、ショウガ、大葉やミョウガなどの薬味を添えて、さっぱり食べられるそうめんは、暑さで食欲がなくなる夏の味方だ。白いご飯は重たくて食べたくないという真夏でも、そうめんだったらいける。
ところで、もうすぐ年に一度の七夕がやってくるが、そうめんと七夕には実は深いかかわりがある。そうめんは天の川を模したものとも言われ、7月7日にそうめんを食べると病気にならないという言い伝えもあるくらいだ。
そのルーツはどういうものなのだろう?
そうめんの祖先は7世紀に中国から伝わった「索餅(さくべい)」だとされる。中国の故事に、七夕に索餅を供えると流行病にかからないというものがある。これにならって索餅は宮中行事にとりいれられた。延喜式にも七夕の儀式に索餅が供えられたとの記述がある。現在でも各地の神社に七夕の神饌に索餅を使う神事が残っている。
日本最古のめんとも言われる索餅は、遣唐使が唐からもたらした唐菓子のひとつであり、小麦粉と米粉を練ってのばしたもの。見た目は中国菓子の「麻花」や、長崎の「よりより」に似ている。麦縄という別名もあり、縄のように編んで干すという製法はそうめんにもつながる。
鎌倉時代になると、中国で禅宗を学んだ留学生が、麺に油をつけてのばすそうめんの製法を持ち帰った。ここから今のような細く長いそうめんに変化したのではないかと考えられる。
さらに室町時代になると索餅を索麺とも記すようになった。この索麺という言葉が変化して素麺(そうめん)となった。索餅は江戸時代に姿を消したが、江戸時代以降は七夕には索餅ではなく、そうめんが供えられるようになった。
現代もそうめんは夏の定番。氷水をはった器に盛り付け、つゆをつけて食べるのが定番だが、トマトやオクラなどの夏野菜をのせたぶっかけそうめんもおいしい。
あたたかいつゆで煮ると「にゅうめん」だ。
しかし歴史をさかのぼると、江戸時代にはすでにそうめんを使ったアレンジ料理も考案されていたというから驚きだ。たとえば、『豆腐百珍』で紹介された「豆腐めん」はそうめんと刻んだ青菜、豆腐とからめて炒めた料理だった。
さらに全国各地にはそうめんを使った郷土料理も多数存在する。
兵庫では鯛の塩焼きとそうめんを盛りつけた「鯛そうめん」がお祝い事に供される。金沢や香川の郷土料理である「なすそうめん」は茄子の煮物の煮汁にそうめんを入れ、一緒に煮たものだ。だしをたっぷり吸うとそうめんはさらにおいしくなる。
滋賀県長浜市周辺に伝わる焼鯖そうめんは、焼鯖を甘辛く煮付け、その煮汁で煮たそうめんと鯖をからめながら食べるもの。煮汁を吸った濃厚な味わいのそうめんはおかずとして食べられるほどだ。
しょうゆ風味のそうめんに飽きたら、変化球としてはタイカレーをそうめんにかけるのもおススメだ。意外なとりあわせに思えるが、なかなかいけるからお試しあれ。
冷やしておいしく、暑い夏に涼味を味わせてくれるそうめん。さっぱり食べるのに飽きたら、だし汁たっぷりで濃厚にでも、多国籍な味わい方でもいい。今年の夏はそうめん七変化でいこう。
(日本の旅ライター 吉野りり花)
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