ライフコラム

梶原しげるの「しゃべりテク」

電話が嫌で辞める若者 上役への取り次ぎすら苦痛

2017/6/15

慣れない電話対応のストレスが原因で仕事が嫌になる新入社員もいる PIXTA

 「イエデン(家にある固定電話)を知らない子どもたち」が深刻な事態を生んでいる。「戦争を知らない子供たち」が流行した昭和の時代の若者が抱えた問題を上回る(?)、さらに大きな課題に、彼らは悩んでいるかもしれない。

 家にいるときしか使えないイエデンはかつて会話を家族に聞かれてちゃかされ、長話をすれば「いい加減にしろ!」と後ろからオヤジにどやされるなど、やっかいきわまりない代物だった。そんな悩みもデジタル革命のおかげで一気に吹き飛んだ。さらにこの10年、電話状況は格段の進歩を遂げた。いつでもどこでも誰とでも、着信すると即座に相手の名前が表示される「超らくちん通話時代」が到来したのだ。

 「もしもし?」と尋ねて相手が誰かを確認する必要もないおかげで、「今、どこ?」から話し始められる「非固定電話」は我々から無用なプレッシャーを排除した。「電話の向こうに、誰が出てくるかわからない」なんていう、やっかいなストレスから解放された。

 スマートフォン全盛となった現在、「世の中全てが万々歳」か?といえば、そうでもない。イエデンが消えゆく裏で、とんでもない事態が発生している。社内固定電話で「心を病む人」が現れ始めたのだ。

 某テレビ番組関係者が嘆いていた。

「4月に働き始めたばかりの、かなり優秀なAD(アシスタントディレクター)が辞めちゃいました。理由を尋ねたら、『知らない人からの電話に出るストレスに耐えられない』って。知らない人、新しい人と次々出会う。それこそが仕事の醍醐味だというのに……」

 詳しく聞けば、ここ数年のうちに、同じような理由で去って行った若者がほかにも何人かいたという。若者が直面する「電話ストレス問題」は、テレビ局に限ったことではないが、テレビをめざす若者の多くは電話応対のような事務仕事をさせられるとは思いもよらぬらしい。ところがどっこい、「見ず知らずの人と電話でお話しする機会」は、他の業種に負けないほど多いのが現実だ。

■面識ない「上の人」に報告する電話が苦痛

「ADはロケやスタジオだけが現場というわけではありません。局内で調べ物をしたり、コピーをコツコツとったりしながら、かかってきた電話を受け、こまめに対応する。この仕事が思った以上に重要なんです。電話の対応が悪いと、番組の評判はもちろん、ひいては局全体のイメージを損なうおそれだってありますよね。知らない人との電話が怖いといわれてもなあ」

 番組担当者が取材や出演をお願いするときに渡す名刺には、氏名をはじめ、企業名、番組名に加え、番組班直通の固定電話番号が記載されているのが普通だ。個人の携帯番号だけの名刺では「テレビ局をかたる怪しい人なのか?」と疑われて交渉がスムーズに行かないことがあるからだ。

 これを手渡すとき、番組担当者は大抵、「何かあったらいつでもこちらまでご連絡ください」と一言添える。名刺を渡した相手から「本当に番組関係者かどうかを確認するための電話」がデスクにかかってくることも珍しくないらしい。

 多方面に名刺を配り「いつでもご連絡を」とあちこちで触れ回ることもあり、デスクには思った以上に多くの電話がかかってくる。これに新人のADも対応することとなる。

親しくない上役につなぐのを苦痛に感じる若者は珍しくないという PIXTA

 取材先に限らず、スポンサーや代理店、プロダクション、しばしば視聴者からも電話が掛かってくる。AD君にとっては「一面識もない人」「どういう立場なのかよくわからない人」からの電話を受けることになるわけで、話の要旨を理解し、「上の人」につなぐ作業は思った以上のプレッシャーとなる。

 とりわけ彼らが緊張を強いられるのは、普段口をきいたこともない「局のえらい人」に「お電話です」と告げた際、「どなたからどんな内容?」と問われ、かいつまんで伝えなければならないなんて場面だ。「見知った人との電話」しか経験していない若者にはハードルが高すぎる。「固定電話対応」には「電話の基本訓練」が必要なのだ。「イエデンを知らない子どもたち」はその基礎訓練を受けるチャンスに恵まれなかった世代だ。

 今の20歳代前半の若者たちが育った10年ほど前、実家にはおおむねイエデンそのものは存在していた(総務省の「情報通信白書」による)。ところが、実際には親たちでさえ、主たる通話には携帯電話を使い、固定電話は脇へ追いやられていた(梶原が講義を通じ大学生から聞き取った感じ)。すなわち、イエデンはもっぱらファクス送受信や「信用証明」(クレジットカード契約などで必要だった)として重宝がられていたらしい(今では固定番号を求めない契約も増えている)。

■学びのチャンスにもなっていた「イエデン体験」

 一方、イエデンしかなかった時代に思春期を過ごした、たとえば私は、父親が食卓に置いた電話でよその人と話す様子を何度も聞いた(聞かされた)経験がある。電話会話の手順に「パターン」があることを知り、ひとつずつ自分のものとしていった。

 電話で話す際に必要な「演技力」をも間接的に学習させられた。私たち子どもを前にしたときの仏頂面がうそみたいにごきげんな態度で楽しそうに話したり、言葉少なに沈痛な様子で語ったり。場面や相手によって話し方を変幻自在に変える父の姿に衝撃を受けながら「顔の見えない相手への対処法、やり口」を目の当たりにした。

 「電話会話の教師」は我が家の父親だけではない。イエデン時代、付き合う彼女に連絡を取るにも、「彼女に直接」ではなく、彼女の家に電話するしかなかった。すると運悪く相手方の父親が出てきて「君は誰だ!」と脅すような口調で問い詰められることもあった。アタフタしているうち、電話をガチャンと切られさえもした。

 「イエデン体験」を通じ、我々の世代は「仕事でも使える電話テクニック」を学べた(学ばされた)気がする。もっと若い40歳代、50歳代世代にだって「固定電話からの学びのチャンス」はそれより下の世代に比べればずっと多かったのではないか。

 相手の顔が見えず、相手の立場も、相手が求める内容もまるでわからない「ゼロから始める会話」はそもそも難易度が高い。無防備なまま、超ハイレベルの作業を任され、音を上げる若者たち。

 イエデンを知らない子どもたちを絶望させないためにも「いいかい、君たち、固定電話の対応には技術習得が必要だ。最初は僕のやり方を見ながら、徐々に覚えていけばいいんだから。まずはね……」。こんなふうに辛抱強く丁寧に教える必要がありそうだ。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。次回は2017年6月22日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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