変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

一緒にいてもスマートフォンに関心を奪われているカップルは珍しくなくなった PIXTA

一緒にいてもスマートフォンに関心を奪われているカップルは珍しくなくなった PIXTA

某家電量販店の「ご相談窓口」での出来事だ。私の隣に若いカップルが座っていた。20歳代半ば過ぎの女性が、故障した美容家電を持ち込んでいた。切迫感すら感じさせる、彼女の熱心な説明を受け、係員も丁寧に対応している。

一方で、彼女の隣に座っていた、こじゃれた見栄えの「彼氏」はそんな事態にまるで無関心のよう。誰かと延々、スマートフォン(スマホ)でLINEのやり取りを続けている。10分ほどしてようやく「彼女の問題」は一段落したらしい。

店員に感謝の言葉を述べた彼女がホッとした笑顔を見せて立ち上がると、「彼氏」は「うまくいってよかったね」でも、「時間かかっちゃったね」でもなく、スマホ画面を見たまま、まるで何事もなかったかのように無言で彼女の後について店を出た。この若い男の行動に、私は違和感を覚えた。「どうして?」

ところが、私の話を聞いた友人3人は口をそろえて「お前の違和感に違和感だ」と言う。

大学生男子「その話、オチがあるかと思って聞いていたんですが、普通ですよね?」

40歳代保険代理業「気の利いた彼氏じゃないですか。『今は彼女の時間、彼女の領分。踏み込んだら失礼だ。口を挟まず、そっと見守る。出しゃばって彼女のメンツをつぶしては大変』。これって、最近の若い連中の気遣いマナーですよ!」

60歳代自営業者「昔、パリのカフェで無言のカップルを何組も見て、最初は意外だと思った。欧米人の男女といえば親しげにベラベラしゃべるものと思っていたから。男はたばこをすって新聞を読み、女は黙ってコーヒーを飲む。でも、何日かして理解できた。あの沈黙は成熟したカップルの証しだと。あなたが見かけた2人もそういう関係がきちんと築けていたのさ」

社会問題化する、スマホ依存の「哀しいカップル」

そうだろうか? 私なら「必要とあらばいつでも彼女のため、店員との会話に割って入るぞ」ぐらいの意気込みでやり取りを注視する。少なくとも会話に耳をそばだて、彼女がうなずけば、私もうなずく。これがカップルとしての「最低限のマナー」だと考える。

「『恋する』とは、関心を寄せ合うこと」なのではないか? その場にいながら、まるで無関係な場所とスマホでつながって暇つぶしなんて男は、付き合うに値しない。彼女は毅然として別れを告げるべきだ!

そんな私の話を聞いた妻からも「おせっかいで、ホント迷惑!」と冷たくあしらわれた。そうだろうか……。

そんな落ち込んだ私を勇気づける「名著」を発見した! 米マサチューセッツ工科大学のシェリー・タークル教授が書いた「一緒にいてもスマホ」(青土社)。原題は「Reclaiming Conversation」で、「会話を取り戻す」といった意味だ。

スマホに気を取られてしまうと、一緒にいても会話は減りがちだ PIXTA

スマホに気を取られてしまうと、一緒にいても会話は減りがちだ PIXTA

この本の中に2人の時間を豊かな対面会話で過ごせない「哀(かな)しいカップル」についての記述があった。それはまさに家電量販店で見た「彼氏」の姿でもある。

「家族だろうが、同僚だろうが、恋人同士であろうが、私たちは互いの顔ではなくスマートフォンの画面に目をむける」「そうした新しい媒体を介した生活が私たちを困った事態に陥れている」。このようにつづる著者は、「スマホにかまけ、対面会話のチャンスを失った人類の末路(言いすぎ?)」をリアルに描き出す(梶原流の解釈です。正しい情報はぜひ実際に本書でご確認を。名著です)。

ひたすらスマホをいじってしまう人の心理

スマホは我々の対面会話能力をどこまで劣化させているのだろう。こんなスマホ万能の時代だからこそ、デジタルはてんでだめだが、対面会話能力ならいくらかアドバンテージのある我々中高年に有利かも。そんな思い込みを持つ私の鼻をへし折るような特集記事(『THE21』 2017年4月号)を見てしまった。「失敗しない話し方――教わらなかった『できる人の会話術』10のコツ」(秀逸な企画です)がそれだ。相手に嫌われず、会話が途切れない話し方のポイントを手ほどきしてくれている。

そこに書かれた「対面会話レベルチェック」にチャレンジした私は仰天した。ほぼ全ての項目で「対面会話能力なし」と宣告されたのだ! 「嫌われない、途切れない対面会話」などというむちゃなハードルを越えられる人って、いる? 思わず八つ当たりしたくなった。

そして、すぐに反省。心を入れ替え、これまで軽んじていたメールの修業を始めようと、素直に思った。メールは対面会話ほど「いきなりな瞬発力」を求められない。なまじな「瞬発力」で私は幾度となく混乱を招いたことがある。他人の交渉事に口を挟んで迷惑がられたこともある。

「メール」は人を落ち着かせる。自分のペースでテキストを書き、編集、推敲(すいこう)もできる。後々記録に残ることも承知の上だから、おのずと慎重な物言いになる。「いきり立って、緊張して、失敗して、恥かいて、迷惑かけて、自分の出来なさ加減に落ち込んで」というリスクもぐっと減ることだろう。少なくとも「あの日の彼氏」のように、誰かと無心にLINEでメッセージを交換し、彼女のそばで静かに寄り添う姿勢は悪くないのかもしれない。

とはいうものの、タークル教授の著書「一緒にいてもスマホ」に記された「警告」もやはり気になる。

会議に参加しようが、旅行に行こうが、家族団らんであろうが、大事な人の葬儀の場でさえ「心ここにあらず」とばかりにスマホをいじり、スマホの画面をのぞいてしまう人々――。リスキーなフェース・トゥー・フェースの会話を避け、さりとてじっと1人でいることもできず。孤独をおそれ、自問自答を拒み、安心なメールに逃げ込む人たち。我々は今こそ「真の会話」「貴重な人間関係」を取り戻すべきときではないかと、著者は問いかける(梶原の解釈)。

教授が引用した「名言」も私の心を強く揺さぶった。

「本当の愛とは、相手のいるところでスマートフォンをチェックしたくならないこと」(スイス出身の哲学者、アラン・ド・ボトン)

家電量販店で見た「無表情な彼」の姿が再びよみがえる。あの若者をどう理解したらよいのだろうか。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。次回は2017年6月1日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック