朝からラーメン2杯、温冷セットで 静岡県藤枝市
ラーメンシティーとして全国的な知名度を誇る福島県喜多方市。あっさりスープで朝からラーメンを食べることでも知られる。しかし「朝からラーメン」は喜多方だけではない。朝から、しかも2杯も食べる習慣があるまちがある。静岡県藤枝市だ。
藤枝は古くからお茶の生産地として知られる。お茶仕事の朝は早い。農家が加工業者と商談するのが午前3~4時ごろ。その後に朝食を食べる習慣があるという。
さらに、焼津の漁港で働く人たち相手に商売をしていたラーメン屋台が、戦後になって藤枝に店を構えた。そうした理由から、藤枝では朝早くからラーメン屋が営業するようになり「朝からラーメン=朝ラー」の文化が根付いていった。
藤枝市内のラーメン店の多くは7~8時ごろから営業を始める。そして、開店と同時に多くの客も店にやってくる。
もともとは、ひと仕事終えてからの食事。早朝とはいえ、腹を空かせた客が多かった。しかも藤枝のラーメンはつるりとした喉ごしの麺と魚介系のさっぱりしたスープが特徴で、朝から食べても胃にもたれない。
となれば、2杯食べようか。でも、おかわりじゃつまらない。せっかくなので、2種類の味を楽しもうと「温」と「冷」とをセットで食べるようになったという。
人気店は「藤枝朝ラー」の味の基準になっているという老舗「マルナカ」。「藤枝朝ラー」のお店の多くは「マルナカ」を目指す店と逆に「マルナカ」との違いを求める店とに大別されるという。「マルナカ」の所在地を由来に、それぞれ「志太系」と「非志太系」と呼ばれる。
まず、基準となる「マルナカ」から食べてみよう。
訪れたのは週末の土曜日。日曜日と第2、第4土曜日が定休日のため、週末に朝ラーを食べられる機会はそう多くはない。そのせいもあるのだろう、朝8時半の開店前にはすでに行列ができていた。駐車場も満車だ。
しばしの行列の後、席に案内される。朝ということもあり、食べ終えた客はすぐに席を空ける。なので、思ったほどは待たされなかった。
券売機で「中華そば500円並」と「冷やし並600円」のチケットを買い求める。
席について待っていると、まずは「温」が登場する。
「あれっ、チャーシュー麺?」と一瞬思うほど、小ぶりな丼は、チャーシューとメンマなど具で覆いつくされていた。丼は一般のラーメン丼ではなく、そば屋風の器だ。スープも日本そばを思わせる和風のあっさり味。脂っこさはない。魚介の風味が強く、真っ黒な色そのままにややしょうゆからい。脂のこくがない分を、だしとしょうゆで代替え…そんなイメージだ。
チャーシューにも脂身が見当たらない。朝から2杯食べるには、この「あっさり」がちょうどいいのだろう。「温」を食べ終わるのを見計らうようにして「冷」が登場する。
ガラスの器に入っていて、スープは冷たく「温」のしょうゆからさの代わりに甘みが加わる。「温」のしょっぱさと「冷」の甘さが好対照だ。
同時に2杯食べることが多い藤枝の朝ラーの歴史だからこそ、このコントラストができ上がったのだろうか?
しょうゆからさの直後だからか、甘さがけっこう舌に来る。そんな時には、のりの上のワサビと紅ショウガが活躍する。スープの甘さにちょっとした刺激を加える心憎い演出だ。
「冷」を横から撮った写真を見てほしい。器のサイズこそコンパクトだが、実はその中には麺がびっしりと詰まっているのだ。「2杯食べることが前提の大きさ?」と最初に「温」が出てきたときに思ったのだが「温」を食べ終えるころには、それが大きな間違いだったことに気付く。すでにけっこうな満腹感だ。
特別に注文しない限りは、まず「温」が出て、後から「冷」が出てくる。「時間差攻撃」は、麺が伸びないという点で理に適っている。また、水で締めた冷たい麺は、温かい麺とは食感が違う。歯ごたえが感じられ、その分するすると入りやすい。同じ味を量食べるのとはわけが違うのだ。
味の変化も含めて「2杯いっぺん」をおいしく食べきれるようになっていたのは、意図してのことなのだろうか?
ただ、あっさり味で食べやすいとはいえ、麺の量はしっかり2杯分。お茶の仕事はさぞかしお腹が減る重労働なのだろう。
「非志太系」もチェックしておこう。「らぁ麺屋まるみ」には「朝ラー」用のセットが用意されていた。
8時から11時までの限定で、セットでの注文が200円引きになる。単品でともに650円の醤油らぁ麺と和風冷やしが、セットなら1100円になる。マルナカと同じ価格だ。
「らぁ麺屋まるみ」では、3種類の麺の中から選んで注文するシステム。「どれがおすすめですか?」と聞くと「冷やしには平打ちストレート麺が人気です」とのこと。素直に従う。「温」はお好みでということなので手もみ中細麺で注文。
やはりまず「温」から運ばれてきた。器はやや小ぶりで和風とはいえ、ラーメンらしいもの。だしは、マルナカに比べると動物系の味がしっかり感じられ、スープの表面にはうっすらと脂が浮く。とはいえ、全体的にはとてもあっさりしたスープだ。
麺はしっかりした歯ごたえ。やはりたっぷりの量だ。
冷やしは、タイミングを見計らうかのようにやはり、やや遅れて登場する。ガラスの器で、冷たいスープの甘さも同様だった。
味のコントラスト、「後から冷」の食べやすさは、マルナカ同様だ。
そこに麺の変化も加わる。おすすめの平打ち麺は、かなり歯ごたえがあり、それが新鮮な感覚で、さらに食べ進みたくなる。
驚くほどの量を盛る「チャレンジメニュー」などで話題づくりするお店もあるが「藤枝朝ラー」の温冷2杯セットは、決してその類いのモノではない。
仕事の後の空腹を満たすための量であり、かつ最後まで飽きずにおいしく食べられるよう様々に工夫されている。
ただし「労働後」でない人がおいしく食べるためには、事前にじゅうぶんお腹を空かせてから訪れることをおすすめしたい。
(渡辺智哉)
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