国産ウイスキー、世界の頂点に 「ものづくり」極める
世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(1)
料理や食材はもちろん、酒や調味料など、グルメの様々なジャンルに精通するエキスパートが、それぞれの専門分野を語る「食の達人コラム」。今回登場していただくのは、長年サントリーでウイスキーの原酒づくりに携わり、現在はサントリースピリッツ社専任シニアスペシャリストの三鍋昌春さんです。
今、日本のウイスキーが世界の注目を浴びている。
世界的なウイスキーの品評会で最高賞獲得の常連に名を連ねるようになってから約10年。2014年には、『ジム・マレー ウイスキー・バイブル』の2015年版で「山崎シェリーカスク 2013」が世界最高のウイスキーに選ばれた。世界各国から集めた4700銘柄ものウイスキーをこの本の執筆者、ジム・マレーがテイスティングし、点数を付ける。その頂点に立ったのである。
香港で開催されているウイスキーオークションでも最高落札価格の記録を次々と塗り替えているのは日本産ウイスキーである。世界各国への輸出の伸びとともに、急速にその品質の高さが世界で認められるようになった。
1923年のサントリー山崎蒸溜所設立からはじまった日本の本格的なウイスキーづくりは、独自の進化を遂げてその味わいにみがきをかけてきた。
国内でも、ウイスキーはよみがえり、伸びつつある。
日本のウイスキー市場は、1983年に史上最高の販売数量を達成した後、2008年まで縮小を続けていた。よみがえりのきっかけの一つが、困難な時期にもひるむことなくおこなってきた「ものづくり技術」開発、その結果世界最高レベルまで進化した品質であった。
ウイスキーは今や世界数十カ国でつくられている。ウイスキー、ブランデー、ウォッカ、ジン、ラム、リキュールなどの蒸溜酒はスピリッツと呼ばれているが、ウイスキーは、販売数量ではウォッカに及ばないものの販売金額ではスピリッツナンバーワンである。そのウイスキー類の中核が、歴史、製造方法、販売数量などから世界5大ウイスキーと呼ばれているアイリッシュ、スコッチ、アメリカン、カナディアン、そしてジャパニーズなのである。そのどれもが消費量を伸ばしている。
このウイスキー、一体どのようなものなのか、どんな歴史を持っているのか、どのようにして各国で、そして日本でつくられるようになったのか、どのような味わいの特徴を持つのかなど、案外ご存知ないのではないだろうか。これから、それらの疑問にお答えしていきたい。うんちくは時としてうっとうしくはあるが、一方おいしさを増すエッセンスでもある。
ウイスキーは、焼酎と同じ「蒸溜酒」
ウイスキーの最も大きな特徴は「蒸溜酒」であることだ。酵母が糖分を代謝してつくったエチルアルコール(以下アルコール)を含んだ液体が「酒」、そのアルコールと水の沸点の差を利用してアルコールを濃縮する操作が「蒸溜」である。
一方で、蒸留しない日本酒やワインは「醸造酒」になる。
蒸気になる温度が水より低いアルコールは、加熱すると水より多く気化する。その蒸気を冷やせばアルコールが濃縮された蒸溜液が得られる。その際、アルコール蒸気に溶けにくい成分は、発酵液側に残る。成分の選択が行われるのである。
蒸溜前後の変化を日本酒と米焼酎を例に説明しよう。日本酒に含まれている糖質やアミノ酸などは水に溶けやすく、アルコールに溶けにくいので蒸溜液(米焼酎)には移行しない。醸造酒と蒸溜酒の決定的な分かれ目がここにある。味わいをもたらす成分組成に大きな変化が起きるのだ。
米焼酎の味わいを思い出してほしい。日本酒の味わいとは明らかに形が変化している。
蒸溜は様々なメリットをもたらす。アルコール度数が上がるので腐敗の心配がない。穀物そのままの状態や発酵液の状態に比較して体積が大幅に減るので運搬に便利である。蒸溜法自体は、エジプト、アレキサンドリアにあった「ムゼイオン(学術研究所)」の紀元2世紀頃のパピルス文書に記述されている技術だが、蒸溜酒が歴史の表に出てくるのは15世紀頃である。
2回蒸留と長期樽熟成がウイスキーと焼酎違い
さて次にウイスキーというお酒の特徴を見ていこう。比較するのは本格焼酎。
先ず気付くのは、原料と色とアルコール度数の違い。3大原料の芋、大麦、米の中で、大麦はウイスキーの原料として使われているが、芋、米はウイスキーでは使わない。焼酎は1回蒸溜が一般的で、原料の持つ香味の影響が出やすい。樽熟成をおこなっているものでもウイスキーより期間が短く、色も薄い。製品のアルコール度数はウイスキーが37~43%が一般的なのに対し25%~35%が多い。
味わいもかなり違う。一般にウイスキーの方が複雑な味わいが感じられる。その違いを生む要因の一つが、原料のデンプンを糖化する方法である。
酵母はデンプンをブドウ糖、麦芽糖などに分解しないと発酵しないが、焼酎は日本酒と同じく糖化に麹を使用している。麹糖化と麦芽糖化では、糖化液の糖の組成が異なる。私の経験では、麦芽糖化発酵液の方がより複雑で多彩な香味を持つ。
ウイスキーが通常2回蒸溜したり、数年かけて樽熟成する理由の一つがここにあると考えている。蒸溜液の複雑な味わいを整えるのに2回の蒸溜が、その蒸溜液を熟成させるのに長い時間が必要だからだと。
かつてスコットランド、エディンバラの大学院で研究していた時、糖組成が酵母の発酵挙動に影響し、味わいの違いを生み出すことを発見した。飲みやすさという観点から見ると、焼酎は口中では滑らかで喉越しも穏和である。一方ウイスキーは、ある種の辛さがある一方で、味わいには奥深さがある。
ウイスキーの酔いは創造力を駆り立てる?
ウイスキーで着目したことがある。「酔い心地」である。
これまで100人を超える人から感想を聞いてきたが、7割以上の人がウイスキーの「覚醒の酔い」を実感されていた。個人的な意見だが、ワインや日本酒で感じる「陶酔の酔い」のように身も心もとろけるような酔いではなく、例えば作家の筆がすすむような酔いが「覚醒の酔い」である。蒸溜後、割水以外何も添加せず、樽に詰めて貯蔵熟成したウイスキーがなぜこのような特徴的な酔いをもたらすのかまだ解明されていない。
他にもアルコールそのものでは体重が増加しないことが知られている。添加物がないこともその特徴である。さらにウイスキーには樽ポリフェノール由来と考えられる抗酸化力があることも知られてきた。
ウイスキーは中世には「アクアヴィテ(命の水)」と呼ばれていた。当時は医薬品として用いられていた可能性を想起させる文献もある。ラテン語の「アクアヴィテ」がゲール語の同義語「ウシュケバー」に取って代わり、「ウイスキー」になった。ウイスキーは今でも「命の水」なのだ。
以上、お話をいくつかご紹介したが、ウイスキーにまつわるエピソードはたくさんある。次回以降、様々な話をお届けする。ウイスキーをかたわらにおいて読んでいただけたら幸甚である。
(サントリースピリッツ社専任シニアスペシャリスト=ウイスキー 三鍋昌春)
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