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女と女性、男と男性のニュアンス差は分かりづらいところもある PIXTA

女と女性、男と男性のニュアンス差は分かりづらいところもある PIXTA

「タイで拘束された62歳の日本人の女が日本へ強制送還」というニュースが報じられてほどないころ、私は久々に顔を合わせた「日本語オタク仲間」と「ワイドショーネタ」で盛り上がっていた。主なテーマは「女」と「女性」の使い分けだ。

梶原「例の事件を全く知らない人でも、『日本人の女』と聞いただけで、ああ、この人が容疑者なんだって、わかっちゃう。日本人て、すごいよね」

A「『女』なら容疑者、『女性』なら被害者というのは、メディアで一般的な使い分け。この62歳があの人と知らなくても、『女』という肩書きだけで、大半の人がこの人の立場を理解できる。『女』なら容疑者、『女性』なら被害者って、放送局にマニュアルあるの?」

梶原「在職中はそういうの見た記憶ないねえ(昔のことだし)」

A「福岡市で発生した現金3億8千万円とかいわれる強盗事件。奪われたのは『若い男性』で、犯行グループは『男たち』と、これもしっかり『容疑者=男、被害者=男性』。わかりやすいなあ」

梶原「新明解(国語辞典、三省堂)を誰かスマートフォン(以下スマホ)で検索できない?」

A「はい、新明解はこちらで出しました! (スマホを見せつつ)『女』と『女性』は辞書的にも明確に異なる語釈が示されていますね。『女性的』という項目では『やさしさ・美しさ・包容力などを備えたりしていて、女性と呼ばれるにふさわしい様子だ』とある」

7つの国語辞典アプリをダウンロードしている「辞書フェチ」のAさんが指をちょこちょこ動かして検索を続けながら言う。

A「ところが、『女』に関する説明は『女性』とはニュアンスが大きく違いますね。『一人前に成熟した女性~』『正式な妻以外の愛人、情婦など~』って、いきなり『悪』の空気が漂ってくるでしょ?」

Aさんはスマホの画像が消えないよう、画面をまめにタッチしながら私たちに見せようと必死だ。負けず嫌いのBさんが別の辞書を引っ張り出してきた。

辞書に見る「女」と「女性」のニュアンス差

B「明鏡(国語辞典、大修館書店)の改訂2版こそ、女性と女の違いをズバリ一言で言い当てていると思います。ほら、ここ」

いい年したおっさんたちが小さな画面に二度、三度と身を乗り出す光景は、周りからどう見えただろうか?

B「『女性』は成人した女子に(ついて)言い、『女』よりも上品で穏やかな語感を伴うとあります。逆から言えば『女』の語感は下品で、穏やかじゃないってこと?」

自称38歳と年齢を大きく偽り、被害者たちに高額の資金を違法に出資させたという疑いが持たれている容疑者の「ダークなイメージ」が浮かび上がってくる。

辞書や類語辞典を見比べると、事への理解が深まる PIXTA

私はBさんが明鏡から引用した「語感」という言葉にひかれた。我々が「女」「男」=容疑者、「女性」「男性」=被害者と即座に結びつけてしまったのは「語感の力」にあったのではないか?

B「そうね、我々も意味というより、語感で判断すること、あるよねえ」

C「新明解によれば、えーと、語句を聞いて感じる感覚的な印象? 聞いた人の気持ちにしみこむ言葉って、語感で相性のいい言葉だよね」

コミュニケーションにおいて「言葉の意味、話の筋道、論理的な展開」が大事なのはその通り。とはいえ、話し手の思っている以上に、聞き手は話し手の発する「語感」に反応することがあるのもこれまた事実だ。

「女」「男」vs「女性」「男性」の違いを我々が共有できた秘密は「語感」にあったのかもしれない。その「語感力」を我々が今後、日常的なコミュニケーションで有効活用することはできるのだろうか?

語感を意識して微妙な使い分けを

著書を通して「できる、試みよ」とおっしゃるかのように背中を押してくださるのは「日本語の『語感』練習帖」(PHP研究所)の著者でもある中村明早稲田大学名誉教授だ(直接お会いしてもいないのに、勝手に感じ取った)。以下は、私が同書から抜粋して手を加え、我流に整理したものだ(本物をぜひお読みください)。

私たちは(1)「意味の微妙な差」だけでなく、(2)「微細な感覚の違いによる言葉の使い分け」にも細かく神経を使ってきた。(1)は「論理的な情報」、(2)は、話す相手の伝える感触・印象・雰囲気など「心理的情報=語感」にあたる。(1)に加えて(2)の語感を意識し、その微妙なニュアンスを感じ取るセンスを研ぎ澄ますことは、自分自身をよりよく表現することにつながる。

これまた勝手に解釈すると、以下のようにも言えそうだ。

我々は、意味理解を学習しながら、様々な言葉についての語感をも嗅覚のように身につけてきた。その一例が「女」と「女性」の語感の獲得だった。語感をさらに鋭敏に磨き上げ、日々の対話に活用しよう。

互いをより深く理解し、共感し合うための、語感をやり取りできる言葉とは何だろう? ない知恵を絞って考えた。

「事務所にうかがいましょうか?」と「オフィスにうかがいましょうか?」のうち、2人を近づける「語感」を生み出す使い方はどちらだろう? お客様をお招きする作業場にぴったりする語感は「工房」か、それとも「アトリエ」か。

取引先と「○○でもいかがですか?」という誘いの「○○」に入れるうえで、最も適切な語感を醸し出すのは「飯」か「ご飯」か「ランチ」か。自分の家族のことを軽く自己開示するときにふさわしい語感を持つのは「妻」「うちの奥さん」「かみさん」「ヨメ」のどれだろう。

A「類語辞典、ダウンロードしようかな」

B「僕は日本語大シソーラスをスマホに取り込む!」

C「やっぱ、中村先生の日本語語感の辞典、買おうっと」

私もCさんにならい、先生の本を手に入れた。「タイで拘束された日本人の女」のおかげで「日本語オタク」の間では今、空前の「語感ブーム」が巻き起こっている。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は2017年5月18日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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