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「奇襲」で勝つビジネス心理戦

「お客様は神様」の暴走 求められる「顧客の品格」

2017/4/18

amadank / PIXTA

 10回にわたったこの連載も今回で最後です。最終回、私から社会に向けて「提言」をさせてください。それは駅のホームでよく耳にする「ただいまお客さまご案内中です」の「ご案内」をやめませんかという提言です。

 「ご案内」とは、車いすの人が電車に乗るのを補助する行為です。車いすの方が乗り降りするとき、あらかじめ待ち構えた駅員がお手伝いしている光景をよく見かけます。私はそれを見ると、いつも思うのです。「どうして近くにいる人々が手助けしないのだろうか」と。お手伝いを駅員任せにせず、周りにいる人が助ければ済む話だと思うのです。ほとんどの人は暇そうにスマートフォンをいじっているのだから、車いすやベビーカーの乗り降りを手伝うぐらい、大した手間ではないでしょう。

 これから先、オリンピックやパラリンピックで海外から日本を訪れる車いすの人が増えるのは間違いありません。ならばそろそろ私たちは「ご案内」を駅員任せにしないで、その場にいる人たちがみんなで助けるようにしませんか?

■強くなりすぎた「お客様」の立場

 べつに駅員さんの肩を持つわけではありませんが、彼らの仕事は大変です。電車がトラブルで遅れたといっては「駅員に詰め寄る」客がいます。私が知る限り、電車が遅れたときに「駅員に詰め寄る」という蛮行が許されるのは日本ぐらいです。他の国でそんなことをしようものなら「私の責任ではない」と駅員から逆ギレされることでしょう。

 最近、あらゆる場所で客の立場が強すぎるように感じてなりません。「おもてなし」といえば聞こえがいいですが、最近売る側が客にへりくだりすぎ、相対的に客の立場が強くなりすぎた気がします。「俺は客だぞ」とばかりに店員をなじる「タチの悪い客」が増えています。

 先日、知人の女性から「上司に幻滅した話」を聞きました。なんでもその男性上司は職場ではおとなしく、とくに「上に対しては絶対服従」なのだとか。その社内ではおとなしいはずの男性上司、会社の宴会で訪れた飲み屋にて態度が豹変(ひょうへん)したそうです。

 アルバイトの女性が手を滑らせ、その男性の服にお酒をこぼしてしまった際、「どうしてくれるんだ、クリーニング代を出せ、店長を呼べ!」と大激怒。これで周りはすっかり酔いがさめてしまったそうです。こうした瞬間にのぞく人間性って、確かにありますよね。駅員も飲み屋のアルバイトも、お客に言い返すことができません。それをわかって「なじる」行為は、もはや客の横暴ではないかと思うのです。そんな「か弱き者への横暴」を目にした部下の女性は、それから二度と上司のことを信用できなくなったそうです。

■「顧客=神様」の誤解を招いた2人

 それにしても、これほどまでに「客の立場」が強くなってしまったのはどういうわけでしょう? 私はその原因を2人のせいだとにらんでいます。ひとりが歌手の三波春夫、もうひとりが経営学者のドラッカーです。昭和の時代に活躍した三波春夫は「お客さまは神様です」の名言によって、お客の立場を神様レベルに高めてしまいました。わが国で大人気のドラッカーは「企業の目的は顧客の創造である」と言って、これに拍車を掛けました。この言葉はあちこちのビジネス書に金科玉条のごとく引用されています。

 この2人によって、ビジネス界においては顧客の立場が上がりすぎてしまい、いまや神様たる顧客にはどんな横暴も許されます。それに対して店の側は、神様に対して「人としてどうなの?」という趣旨の発言が許されません。接客業においていわゆるブラック企業が増えている背景には、こうした「横暴な神様」の存在があるように思うのです。

Ushico / PIXTA

■見直したい「客としての振る舞い」

 私がまだ小さかったころ、あちこちに小さなお店が軒を並べる商店街がありました。そこで人々は客であると同時に、お店の店主でもありました。どこかの店で横暴な振る舞いをしようものなら、すぐさま自分の店でやり返されます。反対によき振る舞いもまた自分のお店に返ってきます。古きよき時代の商売にはそんな「お互いさま」の空気がありました。そんな「お互いさま」で助け合う商売の空気がだんだん薄れています。

 最近、ネットショップの店長たちがクレーマーに悩んでいます。顔が見えないネットショップだからこそ横暴な顧客が現れるのでしょう。これはいけません。顔が見えないからといって悪行を働いているとカルマがたまってろくな死に方をしません。

 人は誰しも出世したい、お金を稼ぎたい、偉くなりたいと思って努力します。そんな上向きの欲が資本主義を発展させる原動力であることは否定しません。その一方で、自分より立場が弱い者への振る舞いについて、我々は無頓着になりはじめているように思います。不況になると売る側の立場が下がるため、なおさら顧客の神様度合いが高まります。上を目指す正攻法とはべつに、「客としての振る舞い」をいまいちど見直そうじゃありませんか。

 飲み屋で酒をこぼされても、アルバイトを怒鳴るのはやめて、こう言ってあげましょう。

 「気にしない、気にしない」

 それぐらいの大きな心で許してあげる。おびえるアルバイトを笑顔にしてあげるのが「大人の奇襲」というものです。

■オリジナルな「大人の奇襲」で相手を笑顔に

 改めて私から読者の皆様へ提案です。車いすの方を見かけたら駅員任せにせず、そこにいるみんなで手助けしましょう。お店やレストランでは弱い立場のアルバイトにやさしくしましょう。そして顔の見えないネットショップでの買い物でも気を抜かずに「感じのいい客」をめざしましょう。

 わざとらしくでも偽善でも構いません。弱い立場の人にやさしく振る舞う「大人の奇襲」は必ずやこの国を明るくする力になります。よき人々が集うよき場所では価格競争が止まるので、高価格が実現してデフレも止まります。

 「お互いさま」の精神を取り戻す一歩は、「客としての振る舞い」を見直すことからはじまります。さあ、このあとあなたは客としてどんな奇襲で誰を笑顔にするのでしょう。またいずれうまくいった話をゆっくり聞かせてください。

 読者の皆様、ここまでのご愛読、どうもありがとうございました!

「奇襲で勝つビジネス心理戦」は今回で終わりです。

田中靖浩
 田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など

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