中米はフライドチキン王国 ケンタの進出許さぬ人気店
トランプ大統領の「米国とメキシコの国境に壁を建設する」という移民政策。その背景にあるのは近年急増する中米諸国からの不法移民を防ぐことにほかならない。そんな中米の中で最も小さい国、エルサルバドル共和国に今、私はいる。
エルサルバドルで人気の食べ物といえば、やっぱり中米だからタコスとかトルティーヤか、そう思う人も多いだろう。中米は16世紀から長らく続いたスペイン統治時代、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスなどと結成した中央アメリカ連邦国を経て、それぞれ独立したという歴史を持つ。
同じ国だった時代もあるがゆえに食文化も似通っており、たしかにタコスやトルティーヤもよく食べる。が、サルバドレーニョ(エルサルバドル人)がもっとも愛する食べ物として私は「フライドチキン」を挙げたい。
というのも、この国には絶大なる人気を誇る「ポジョ・カンペーロ」なるフライドチキンのチェーン店があるのだ。ポジョ(pollo。人によっては「ポヨ」と発音)とは鶏肉のこと。カンペーロ(campero)は田舎という意味だから「チキンの田舎風」ということになろうか。
「ポジョ・カンペーロ」は1971年、グアテマラの家族経営の小さなレストランからスタートした。骨付き鶏肉をペルーのハーブや柑橘類などでスパイシーに味つけし、皮をクリスピーに仕上げたフライドチキンは瞬く間に人気に。現在は中米はもちろん、南米、北米、欧州、アジアと世界で300店舗を展開する一大フランチャイズチェーンに成長した。
ポジョ・カンペーロの人気を示す有名なエピソードがある。世界の多くの都市がそうであるように、エルサルバドルも米国系ファストフードチェーンの出店が目覚ましい。移民経験から食生活が米国化していることも関係しているかもしれない。
街中を見渡しても「マクドナルド」「サブウェイ」「ウェンディーズ」「バーガーキング」「ドミノピザ」「ピザハット」「ミスタードーナツ」といった看板ばかりだ。しかし、ケンタッキーフライドチキンをメイン商品とする「KFC」の店舗だけはほとんど見かけない。
そう、ご想像の通り、ポジョ・カンペーロの人気が根強すぎてKFCが入りこめないのだ。一時期、大規模進出を図ったが、思うように客足が伸びずほとんどの店舗を撤退せざるを得なかったという。
ポジョ・カンペーロ発祥のグアテマラも同様の状況だったらしい。世界中に進出するKFC帝国もポジョ・カンペーロ軍を擁する連合国にはかなわなかったということか。
日本で食べたケンタッキーフライドチキンの味を思い出しながら両方を比べてみると、ポジョ・カンペーロのほうがややマイルドな味つけ。味はそれぞれ好みもあろうが、皮のパリパリ度はポジョ・カンペーロが際立っていて、冷めてからもウマい。
この国のポジョ・カンペーロ愛をいちばん感じるのは空港だ。なぜかサルバレーニョたちはポジョ・カンペーロの大きなお持ち帰り用ボックスを空港に持ってくる(さすが冷めてもおいしいだけある!)。
「YOUはなにゆえポジョを空港へ?」と聞いてみると「機内で食べようと思って」との答え。エルサルバドル人は「ぽっちゃりさん」が多いので、機内食だけでは足りないのかもしれない。また、空港にもポジョ・カンペーロのお店があるのだが、ここでも店内で食べた後にさらにお持ち帰り用ファミリーパックを注文する人も多い(だからキミたち太るのだ)。
ポジョ・カンペーロには店舗数こそ及ばないが、エルサルバドル発祥で、地方を中心に店舗を展開している「ポジョ・カンペストレ」というチェーンもある(campestreは英語でいうところのcountry。やはり田舎風といった意味か)。
日本人の牛丼好きが「オレは断然、吉野家!」「いや、すき家のほうがうまい」とコダワリを持つように、こちらもそれぞれに「オレはポジョ・カンペーロ派」「私はポジョ・カンペストレ!」とごひいきの店がある。
どこまでいってもフライトチキン好きな国民なのである。
さて、最後にエルサルバドルのインフォメーションを少し。面積は2万1000平方キロメートルと九州の約半分、地下資源も主たる産業もないこの小国はほとんどのものを輸入に頼っている。主な貿易相手国は米国。その結果毎年50億米ドルもの貿易赤字を生み出す。
米国にドルが流出し続けると国内にお金がなくなってどんどん貧乏になってしまう。そこで出てくるのが冒頭の移民の話。米国に出稼ぎに行ったエルサルバドル人約250万人(ちなみにエルサルバドルの人口は613万人)がせっせと自国に送金することで、米国にだだ漏れしたドルを取り戻しているのだ。全部で42億8000万ドルともいわれる出稼ぎ労働者からの家族送金が実はこの国の経済の大きな下支えとなっている。
だが、お父さんがせっかく送金したドルも家族がエルサルバドル国内で米国資本のチェーンレストランで消費すればまたまたドルは米国に流出していく。なんだか皮肉な話だ。
女の子が接客してくれるお店で、男性がお目当ての子のためにせっせとお金を使ってもお金がその子の手元にあるのはほんの一瞬、そのお金は貢いでいるホストに流出してしまうのにちょっと似ている。似てないか。
この国および周辺国が豊かになっていくには米国にドルを流出させないこと。そう考えると、エルサルバドル人のチキン愛はちょっとだけ中米経済を救っている!?
(ライター 柏木珠希)
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