「パリシャキ」日田やきそば 焼き固めてバラす個性派
水郷日田、庶民の味(1)
鉄板焼きにもかかわらず、揚げ麺のようなパリっとした食感とモヤシのシャキシャキ感…。富士宮や横手をはじめ、各地のご当地やきそばが人気を集める中、ひときわ個性的なやきそばが大分県と福岡県の県境に位置する日田市にある。日田やきそばだ。
日田やきそばの最大の特徴は、麺をいったん焼き固めた上で、さらにそれをばらばらにしていためる個性的な調理法にある。おいしさの秘密を探るため、人気店「みくま飯店」を訪ねた。
調理は、フライパンや中華鍋などではなく鉄板が基本。この鉄板、よく目を凝らしてみると中央部が微妙にへこんでいる。実はこのへこみがカギを握っている。そこに豚肉を入れて焼くと、へこみには溶け出した脂が溜まりはじめる。
やきそばは、ゆで麺や蒸し麺をフライパンや中華鍋、あるいは鉄板で手早くいためるのが一般的だが、日田では、鉄板の隣にぐつぐつゆだった釜があり、茹で上げの麺が平ザルからそのまま鉄板にのせられる。
水分が瞬時に蒸発して視界を遮るほどの水蒸気が上がる。普通なら、ここから手早く一気に麺をいためて行くものだが、日田の場合は、鉄板の上に広がった麺には一切触らない。麺の上からラードをかけ回すのみで、そのままじっと鉄板を見つめる。
鉄板がへこんでいるためラードが広がらず、麺はまるでとんかつの衣のようにラードの中でパリパリになっていく。初めて麺に触るのは、円盤状になった麺をひっくり返すときだ。
表面は、中華の揚げ麺のようにパリパリに焼き固まっている。これをまたしばし放置し、両面焼きにする。
両面がともにパリパリになったら、麺の円盤を二つ折りにしてその脇でモヤシをメインにした野菜をいため始める。二つ折りの麺を再び元の円盤形に戻し、野菜にかぶせるようにしてソースをかけ回す。
ここから、それまでの「静」の調理が一変する。焼き固まった円盤を、まるで放り投げるようにダイナミックにばらばらにして行く。じゅうじゅうと焼ける音が食欲をそそる。
あっという間に麺はほぐれ、それまでの「塊」がなかったかのようなやきそばに姿を変えた。
手早く皿に盛られたやきそばをいただく。モヤシのシャキシャキと焼き固められた麺のパリパリが口の中で渾然一体となる。この食感こそが、日田やきそばの魅力だ。
そして、日田やきそばのおいしさをサポートする重要な脇役も忘れてはならない。スープだ。
鉄板で調理するやきそばは、お好み焼きなどの鉄板焼きをルーツに持つ場合が多いが、日田やきそばはラーメン店から誕生したメニュー。茹で上げの麺を使うのも、ラーメンとの関わりが深いからという。
やきそばの人気店には、たいていラーメンもある。久留米タイプの脂が強すぎないさらっとしたとんこつスープを、麺抜きでやきそばに添えるのが定番だ。
さらに、やきそばに添えたいメニューがもうひとつある。ビールだ。
日田やきそばならではのパリパリシャキシャキの食感は、ビールに実によく合う。ポテトチップスなど、油で揚げたパリッとした食感がビールに合うことは皆さんよくご存じだろう。
しかも、日田は水の豊かなまち。いくつもの水源からの流れがここ日田で束ねられ、九州最大の大河・筑後川となって有明海に注いで行く。そのため、上流の山間部にかかわらず、水量が常に豊富でミネラルウォーターの産地にもなっている。ビール工場もある。
鮮度抜群のビールがあるなら、合わせて飲まない手はない。
5月20日からは鮎漁が解禁され、日田は観光シーズンを迎える。鮎と来れば屋形船、鵜飼い…。揺れが少ない川船だけに、テーブル席や屋形船バーなどちょっとオシャレな屋形船も日田の魅力だ。
ビールだけではない。豊かな水はおいしい日本酒も育む。この夏、日田の美味を味わいに旅に出てみてはいかがだろうか? パリパリシャキシャキのやきそばに、ぜひ出合ってほしい。
(渡辺智哉)
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