「けしからん花見」は日本の伝統 いなり寿司忘れずに
ビールやお菓子の売り場にピンクの限定パッケージが目立つようになり、カフェやコンビニでは桜フレーバーのスイーツが続々登場し始めた。繁華街に流れる音楽も桜、サクラ、SAKURA。実際の桜よりひと足先に、街の桜ムードは満開だ。
いよいよ日本人の一大イベント「花見」のシーズンがやってくる。
花見には、おいしい酒と花見弁当が欠かせない。
今回、ツイッターで「花見の席で食べたもの・食べたいもの」を問うてみたところ、圧倒的に声が大きかったのは唐揚げ、卵焼き、そしていなり寿司だった。
唐揚げと卵焼きは野外弁当の定番なのでまあまあ予測できたが、いなり寿司には少々不意をつかれた。が、言われてみれば確かに、花見の席にいなり寿司はぴったりだ。お揚げのおかげで外気にさらされていてもパサつかないし、時間がたってもおいしくいただける。富士には月見草がよく似合うように、桜にはいなり寿司がよく似合うのだ。
秀吉が催した「醍醐の花見」は、花見という娯楽を広めたきっかけのひとつと言われる。なんと参加人数1300人、全国から多くの名物、銘菓、銘酒が献上され、女たちは衣装のお色直しも楽しんだという豪華なもの。当時の花見の様子は、醍醐の花見とほぼ同時代に描かれた「花下群舞図屏風」に見てとれる。
桜や弁当の周りに描かれたのは、大黒天や恵美須様、南蛮人の扮装をして踊る人、双六に興ずるもの、腕相撲をするもの、恋文を渡す男女、琵琶法師など。これは現代語に訳すならコスプレ、ダンス、スマホゲーム、LINEで告白、楽器をならす、音楽をかける、であろう。つまり昔も今も、我々は桜を前にすると羽目を外してしまうものなのだ。
よく花見の席での無礼講を「花も愛でずにけしからん」などと眉をひそめる人もいるが、桃山時代にはすでにこうしたけしからん花見が行われていたわけで、もうそれが日本の伝統なのだと諦めるしかあるまい。
「花見の席で食べたもの・食べたいもの」の回答では、他にも明確な傾向がふたつあった。
ひとつは「温かいもの」。もつ鍋、おでん、焼き肉など熱々で食べられるものは、花冷えした体にはありがたい。また札幌では春になると「火気厳禁」ならぬ「火気解禁」となる公園もあり、炭をおこしてジンギスカンを焼くのだそう。肉や野菜を公園や河原までお届けしてくれるサービスもあり、道民の並々ならぬジンギスカン愛がうかがえる。
もうひとつの傾向は、積極的な意味での「なんでもいい」だった。酒はあればなんでもいい。しなしなになったフライドポテトだろうが、冷えて固まったソーセージだろうが、なんでもいい。そこに花があって、外で飲めるだけでなんでもおいしい、という上級者レベルの意見だ。花見界の解脱者と呼んでいいだろう。
個人的に気になったのは、ガサエビ(シャコ)、トゲクリガニが定番だという津軽地方の花見。東京ではかなわぬ夢だが、死ぬまでに一度でいいから弘前の桜の下で、トゲクリガニを存分に味わってみたいものだ。
花見の思い出は、食べ物とともにある。何を食べるか。何を飲むか。定番で行くか、あえて外して狙って行くか。今年の花見も悩みは尽きない。
(食ライター じろまるいずみ)
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