大根の意外な原産地 変幻自在、進化続く「和食の華」
「その日は京都でショウテンサンノヨクユクだから、次の日にしてちょうだい」
結婚したてのころ、帰省の日にちを相談した私に義母が告げた呪文がこれだ。何度聞き直しても、何を言わんとしているのかさっぱりわからなかったが、とりあえず1日ずらして帰省した。待っていたのは、大根だった。
「ショウテンサンノヨクユク」の正体は、「聖天(しょうてん)さん」と親しみを込めて呼ばれるお寺で、仏像に油をかけて清める「浴油供(よくゆく)」という行事のことだった。
大阪の叔母と一緒に出かけるこの行事は、義母にとって年に一度のお楽しみ。境内で参拝者に振舞われる大根を食べ、なおかつ神様のお下がり大根を持ち帰り、帰宅してから近所の人にお裾分けをするところまでがフルコースらしい。
その夜も「無病息災、商売繁盛、子孫繁栄、なんでもかなえてくれるんだから食べなさい」と、うやうやしく大根が供された。
大根を神事に使ったり、信仰の対象にしたりする風習は、意外にも多い。冬の京都はもちろんのこと、浅草など他の地域でも大根を奉納したり、炊いた大根を振る舞ったり、二股大根を寺社のシンボルとするところはいくつもある。食物繊維もビタミンも豊富、消化を助け免疫力を高める大根の効能は、薬のない時代にはとてもありがたく、崇拝に値するものだったろう。
おでんに漬物、菜飯に大根おろしと、和食の権化のように思える大根だが、原産は地中海沿岸~コーカサス地方。そこから中国を経由して、日本へと伝わった。
大根の仲間は、交雑しやすく、変異しやすく、適応力が高いという能力がある。原産地の小さな野生の大根は、シルクロードならぬ大根ロードを多くの近縁種と混ざり合い、変化し、ひたすら進化を続けながら、日本を目指してきた。なんともロマンを感じる話である。
おかげで大根の品種は非常に多い。簡単に新種が生まれる上に、自家採種で「うちだけの品種」を作りやすいため、姿形も味もバリエーションが豊富だ。
大きいもの、小さいもの。
長いもの、丸いもの。
赤いもの、黒いもの。
甘いもの、辛いもの。
大根と自称しながら「根」を食べずに、葉だけを食べるもの。同じくサヤだけを食べるもの。
長野には通称「地大根」と呼ばれるご当地大根があるのだが、これとてざっくり数えても20種類以上ある。似たような仲間をひとくくりにして「地大根」と呼んでいるに過ぎない。しかもこうしてる間に、明日にもまた新しい品種が生まれるかもしれないのだ。大根の進化を止めることは、誰にもできない。
江戸時代、飢饉のたびに幕府は大根作りを奨励したという。
安くて、うまくて、体にいい。大根は、次世代へ残す貴重な食の文化財なのである。
とにかく簡単。ひとつの鍋に材料をポンポン入れて煮るだけ。
いったん茹でこぼした牛テール500グラムと、水2リットル、ニンニク2片、生姜20グラム、酒大さじ4を鍋に入れ、沸騰したらアクをとり、ふたをして中弱火で2時間ほど煮る。テールが柔らかくなったら、食べやすい大きさに切った大根300グラムと、昆布15センチを鍋に加え、さらに2~30分煮る。大根に箸が通るくらいになったら、塩小さじ1.5、醤油大さじ1で調味し、いったん冷ます。食べる直前に温める。
※源助大根は煮崩れしにくいのに味が入りやすいため、煮物に向いている。
※調味は目安。薄めにしておいて、食べる人の好みで塩と胡椒を足す。
(食ライター じろまるいずみ)
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