春雨、鍋料理のダークホース うま味、残さず吸い込む
プロの料理人ばかりが集まって、自宅で鍋パーティーをしたことがある。
具材はそれぞれ持ち寄り。肉ビストロのシェフが熟成バッチリ食べごろの鴨を持ってきたかと思えば、寿司屋の若旦那は大きな白子とズワイガニを自慢げにクーラーボックスから取り出す。中華の店主は自家製のワンタンと謎の中国野菜、浜松出身のイタリアンシェフは地元から取り寄せた大きなドーマン蟹。房総育ちの矜持を見せつけたい私は、伊勢海老と金目鯛を用意した。それらを次々と鍋へ放り込み、つまり、やたら贅沢な闇鍋を作っていったのだ。
なにしろ料理人ばかりなので、具材の切り分けや火の通し方はバッチリ。一見バラバラな食材も上手にまとめ、最後までダレることなくすべて食べ尽くされた。そして誰からともなく「今日、イチバンうまかったのは何か」という話になったのだが、伊勢海老や白子など豪華絢爛な食材を差し置いて1位になったのは、なんと「春雨」であった。
「ダントツで春雨」「私も春雨がもっと食べたかった」と、春雨が大絶賛だったのには理由があった。そもそも春雨は味が入りやすく、ふつうに鍋に入れただけで大変おいしくなる。
しかしこの日は中華の料理人が「最後はまかせて」と仕上げを担当した。十分に旨味を吸い込んだ春雨を、汁気がなくなるまで鍋で火を入れ続け、わずかに表面がパリッとするかどうかというくらいで食べさせたのだ。これにはうなった。
さまざまな素材のおいしいところをパンパンに吸った春雨は、間違いなくこの夜のヒーローだったのだ。
このとき使用した春雨は、中国製だ。現在「春雨」として販売されている品は、主に中国から輸入されたものと、国内で製造されたものがある。同じ名前ではあるが、製造法も原料も産地と業者により違いがあり、味わいもまた違う。
大正期には「豆麺」という名前で流通していたこともある中国の春雨は、緑豆のデンプンから作られる。煮崩れしにくいため、上記のような「汁気がなくなるまで火を入れ続ける」ような調理法に向いている。
一方、ジャガイモやサツマイモ、コーンスターチから作られる国産春雨は、冷凍法と非冷凍法のふたつの製法がある。俗に「国産の春雨は煮崩れしやすく腰がない」と言われるのは冷凍法の春雨なのだが、逆に「味が入りやすく煮えるのも早い」というメリットもある。それぞれの一長一短を使い分ける方が得策だろう。
先日は中国東北料理の店で、できたての自家製春雨を味わう機会があった。タイ、ベトナム、韓国、ロシア等の料理店でも、春雨を使った料理を見ることができる。コンビニやスーパーでは春雨スープが大人気。熊本には太平燕という春雨を使ったご当地グルメがある。
地味なサブ食材と思われがちだが、使い方次第で名脇役、いや主役になることも可能。ヘルシーなだけでなく美しい春雨の魅力は、今後も増すばかりだ。
(食ライター じろまるいずみ)
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