変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

今年の流行語大賞はなんだろう……

今年も残り3カ月を切る今の時期、「今年の流行語大賞はなんだろう?」が気になってくる。「センテンススプリング」だの「ホテル三日月」だのもはや遠い昔。「組市松紋」「琴バウアー」なんて言われたって、「なんだっけ?」。「今年の」と言いながら、結局流行語の賞味期限なんて、せいぜい3カ月だなあという気もする。

「見事な予想だなあ」と感心したのは、この日経BPネットに連載する福光恵さんの「『勝手に流行語大賞2016秋』発表!」だ。

福光さんは「小池都知事物件」から「豊洲の盛り土」と「都民ファースト」を候補として挙げ、最終的に「今年の大賞は都民ファーストで決まり!?」とおっしゃっている。さすがの慧眼(けいがん)! ――と納得しつつ、私はもう一方の「豊洲の盛り土」を。さらに言えば、「もりど」が「臭い」と考えた。もちろん「異臭がする」のではなく、「大賞の予感がする」という意味だ。

これは福光さんのようにジャーナリスティックな観点ではなく、"言葉フェチ"のひたすら偏屈な視点だからあてにはならないが、なくもない気がわずかにする。言っておくが「盛り土」ではなく「もりど」に一票だ。

実は「もりつち」と発音していたのでは?

会見で豊洲市場問題について答える小池都知事

会見で豊洲市場問題について答える小池都知事

一部土木関係者など「専門家」以外の一般の皆さんは、胸に手を当てて思い出してほしい。「豊洲市場移転問題」発覚以前のあなたが、「盛り土」という字を見ていたなら「盛り土」を何と呼んでいただろうかと。

"素人の私"はもちろん、その文字を「もりつち」と発音していた。周囲の数人に聞き取り調査をしたところ、「改めてそう問われると、『もりど』じゃなくて『もりつち』なんて言っちゃっていたかもしれないなあ……テヘヘ」。"古い過ち"を指摘された時のような、困惑の表情を浮かべる者さえいた。

ほんのわずか前まで、普通の人が「もりつち」と呼んでいた「盛り土」を、気がついたら世間のほぼ全員が「もりど」と呼んでいる!

「『もりつち』か……そんなふうに言っていた時代があったかもしれないなあ……」

遠い思い出に浸るような目をするヤツまで出てきた。「言葉に揺れはつきものだ」というもののこんな急激な「あっという間の呼び名の変化」なんて例はあっただろうか?(あったかもしれないが)

小泉元首相も首をかしげる「もりど」問題

実は、戸惑ったのは私だけではなかった。朝日新聞デジタル版(2016年10月1日)に興味深い記事が載っている。

「盛り土の読み、なぜ『もりど』? 小泉元首相からも質問」

こんなタイトルで、秋山訓子編集委員の署名入りで書かれた記事によれば、「あの小泉純一郎さん」が「もりど」に首をかしげたのだそうだ。

元総理「辞書を引いたら『もりつち』としか載っていない! みんなどうして『もりど、もりど』というのか不思議でしょうがない。小池さんいいけど、『もりど』、どうなんだ!」(梶原意訳・詳細は原文参照のこと)

「盛り土」問題で揺れる豊洲市場

「盛り土」問題で揺れる豊洲市場

小泉元総理が見たとされる広辞苑はもとより、小型国語辞典で日本一売れている新明解国語辞典の電子版に「もりど」と打ち込み検索すると「パチーン」という「拒否音」が鳴り、少し間をおいて「目処・目途」が表示される。「もりど」なんて言葉は新明解にも存在しない。

「もりつち」と入れると初めて、うれしそうにすばやく動き「『盛(り)土』=土を盛って高くすること。またその土」と意味が表示される。

いち早く「新しい表現」を載せることで定評のある「三省堂国語辞典」はさすがだ。「もりど」が見つかったから「意味は?」と、勇んでその先を見ようとすると、即座に「→もりつち」と、「意味を見たいなら、ちゃんと『もりつち』を見なさいね」とたしなめるように訴えかけてくる(ような気がした)。

辞書類としては最も新しい、2016年5月26日発行「NHK日本語発音アクセント新辞典第1刷」にさえ「もりど」単独の表示はなく、「モリツチ」の項目に「第2選択として「モリド」がかろうじて添えられて……みたいな、そんなもんだ。

「テレビをつければ『もりど』! 主婦の噂話に耳を傾ければ『もりど』! 会社の喫煙ルームでも『もりど』……」

我が国の辞書たちは、こんな事態をまるで想定していなかった……なのに……なんてことだ……。

という具合に「もりど」は今年の言葉だ。今年の流行語大賞が万一「もりど」を外したら、「世間をまるでわかっていない!」と言われておかしくない(気が、私は、する)。

こんな"異常事態"だからこそ、うれしかった! 「もりど」への違和感を持つ人が、私以外にいたことが!! しかも、それが、あの「ワンイシューの天才」小泉元総理だったというのだ!

「国民の皆さんに問いたい! もりどで、いいのか? 悪いのか?」

記事の中で秋山編集委員は「小池百合子・東京都知事も記者会見などで、時に『もりつち』と読んだこともありました」と記し、さらに大手ゼネコン広報担当者から「(もりどは)一種の専門用語というか、業界用語です。正しい日本語ではないかもしれないですが……」との「証言」も引き出している。痩せても枯れてもやっぱり朝日、あっぱれだ!(余計なお世話で、失礼しました……)

「ど」という音の響きにあるインパクト

豊洲市場の地下空間を視察する有識者

豊洲市場の地下空間を視察する有識者

「日本語として正しい、正しくない」は実のところ、なんとも言えないが、「盛り(もり→訓読み・いわゆる日本語読み)」には「土(つち→訓読み)」と「統一」させたほうが「自然な気がする」「落ち着きがいい」と感じるのは不思議ではない。

「湯桶(ゆとう)読み」(訓+音・いわゆる中国読み)や「重箱読み」(音+訓)は「避けましょう」と国語の時間に習ったことを思い出せば、「盛り(もり→訓読み)」と「土(ど→音読み)」はまさに「湯桶読み」だから「避けたいなあ」という気持ちが働く人がもっといてもおかしくない。

今回の豊洲騒動で「もりど問題」を社会的正義とともに声高に語る意義は大いにある。その一方で、メディアの強い影響下で「読み方」が「急激に変わった現実」を指摘する「マイノリティー」の声にも耳を傾けてほしい。

そもそも、「もりど」という業界用語がなぜこんなにまで一気に広まったのか? ――バカはバカなりに考えた。どうやら「言語的な要因」があったようなのだ。

「もりつち」という発音は「つち」と「た行」が連続して「つ」を無声化させる面倒くささや、「ち」という「音の力」はいまひとつインパクトに欠ける。それに比べれば、「もりど」の「ど」には「ど」という音が元来持っている、極めて大きな力強さがある。「どまん中」「ど迫力」「ど根性」「ど素人」の「ど」でわかるように、「ど」という音そのものが持つ響きに、私たちは「こりゃあ大変だ!」という気にさせられる。

「なんで、もりつち、しなかったんだ!」より、「なんで、もりど、しなかったんだ!」の方が、"問題提起力"が高そうな気もする……。

このように考えると、いまさら「本来の言い方は『もりつち』じゃないの?」なんて声を上げる勇気は私には、ない。

だからこそ「『もりど』じゃなくて『もりつち』なんじゃないか?」という元総理の「素朴で率直な疑問」がより痛快に思えた、なーんて理由で「もりど」が流行語大賞に選ばれることは、まあないな……。

[2016年10月6日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は10月20日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック