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「宅配ピザ」なんて、どこにでもあると思っていた……

日が落ちた山村。棚田の上の林の向こうで、懸命にペンライトを振る少年の姿が見えてきた。

「お兄さーん、こっち、こっちー!」

明かりに導かれ、バイクに乗った配達人が到着すると家族総出で迎えてくれた。

「やった! ピザ、本当に来たんだね!!」

はしゃぐ子供たち。

「こんな遠くまで、すいませんねえ」。満面の笑みで出迎えるお母さん。

「日本中がお届け先です」のキャッチフレーズで話題の、移動式宅配ピザ屋「Mt.富士PIZZA」が全国に先駆け、山梨でスタートして7カ月が過ぎた。「宅配ピザ」なんて、すでに日本全国どこにでもある……ような気がする。テレビCM、チラシ広告、街中を走る宅配バイク。ごく当たり前の日常ではないかと、私はそう思っていた。

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

「ところが……」とおっしゃる「日本中がお届け先プロジェクト」を始めた企業家に話を聞いて、「なるほど!」とうなった。

現在40歳の小尾英樹さん。早稲田大学理工学部で物理学を専攻し、卒業後は海外へ留学したいと考え、その費用捻出のため在学中に起業したのが、サーバーの管理やソフトの開発事業。それが予想を超えた大成功に、留学している場合ではなくなった。

当たり前の"幸せ"をかみしめられない家族もいる

以後、順調に経営を続けてきた小尾さんが今さら「なんでピザの宅配なの?」。

これまで何度も聞かれたであろう私の愚問に、嫌な顔ひとつ見せずていねいに答えてくれた。とても誠実な方なのだ。

小尾英樹さん(以下、小尾):「私が不器用なせいだと思いますが、新しい仕事のアイデアはないか、もっと多くの人に喜んでもらえるサービスはないか、年がら年中考え込んでしまうところがあります」
梶原:「美空ひばりさんもそうだったと聞いたことがあります」
小尾:「偉大な天才音楽家と一緒にしないでください(笑)。実は、あるときこういうデータを目にしました。そこには、我が国の75%の地域が『ピザ宅配圏外』だ……そんなことが書いてあったと記憶しています」
梶原:「えっ、宅配ピザって、そこらじゅうにあると思ってましたが?」
小尾:「宅配ピザで幸せをかみしめられないご家族が、少なからずいらっしゃる……」

当然ながら「宅配ピザ屋さん」だって商売だ。採算の見込めない場所に宅配拠点を作るわけにはいかない。バイクを使っても届けられる距離にも限度がある。往復で1時間を超える得意先の多い店など立ち行かない。保温ケースに入れたピザも生温かくなって味も台無しだから、客にとっても迷惑な話だ。

とはいえ、テレビCMは宅配拠点がある場所にも、ない場所にも平等に流される。

 「お誕生日や、何かいいことあった日は、お家でみんなでピザパーティー!」

CMで描かれる「幸せの光景」をちょっぴり悲しげに見る人もいる……。

子供:「ねえママ、このピザ屋さん、うちには来ないの?」
母親:「……無理かもしれないわねえ……ごめんねぇ……」

答えるママも切ないが、今すぐにでも口にできそうなおいしいピザが食べられない子も、納得いかない気分だろう。

「問題があれば答えは必ず見つかる」

「なんとかしてあげたい!」――。年がら年中、仕事のアイデアと、新しいサービスを考える「クセ」を持つ小尾さんに、ひらめきがあった!

「『固定店舗からバイクで宅配』ではなく『移動店舗からバイクで宅配』にしたら、もっと多くの人が幸せなひとときをも持てるのではないか!?」

(写真:PIXTA)

(写真:PIXTA)

「幸せのゴールの映像」がいったん思い浮かぶと、小尾さんの脳はがぜん活性化するようにできているらしい。「ゴールイメージ」から逆算して、問題の解決を引き出す。この思考経路は浪人生だった当時通った駿台予備校で出会った坂間勇先生の影響が大きいらしい。

「思いもよらぬ奇抜な発想で難問をも次々解き明かす驚異の思考法」への感動は、「問題があれば答えは必ず見つかる」との信念を小尾さんに植え付けた。

小尾さんが導き出した解決策が「日本中がお届け先プロジェクト」だった。具体的にはこうだ。

ピザの配達依頼を受けたら2台のトラックが現地に向かう。

条件は一つ。依頼した人たちは、トラック2台を停めるスペースを確保すること。公民館の駐車場でも、畑の脇でも、近隣の迷惑にならないところなら大丈夫。

2台のトラックのうち1台がキッチンカー。ピザの材料。400度の高熱でピザを焼き上げるイタリア直輸入の窯。そして調理スタッフ。彼らが自由に動けるスペースも十分確保されている。

もう1台には、宅配専用のバイクが3台搭載されている。キッチンカーを起点に、熱々で本格的なイタリアンピザを乗せたバイクが近隣を走り回る。

普段は静けさに包まれる村や町が、にわかに活気づく様子が目に浮かぶ。

ピザのクオリティーと、トラック・バイクの色は譲れない

彼にはこのプロジェクトで譲れない点が二つあった。

一つはピザ作りのクオリティー。調理を担当する「元サーバーのサポートスタッフたち」をピザの本場イタリアで修業させること。通訳を付けての研修は1人あたり150万円以上かかるが「本物」を提供するコストとしては高くないと感じた。

海外研修は同時に「自分もプロジェクトに参加したい」という社員のモチベーションアップにつながり、結果的には「一挙両得」となっているらしい。

譲れないもう一つは、トラックとバイクの色。ピザ関係で定番といえば白、赤、緑の「イタリアンカラー」だが、あえて塗装を「マットブラック」にした。

「地味だ」「暗い」――。当初は反対する声もあったようだが結果として、子供たちは「かっこいい!」、大人は「重箱みたいな厳かな感じがいい」と好評らしい。

実はこの色には小尾さんの「野望」が秘められていた。

プロジェクトを日本全国のみならず、ゆくゆくは世界に広めたい。海外で「和」といえば、わびさび、枯れ山水、水墨画、銀閣寺など「モノトーン」。マットブラックは、日本の精神性を感じさせる「世界に通用する色だ」との思いだ。

梶原:「プロジェクトスタートから7カ月、経営的にはどうなんです?」
小尾:「実は……予想を超える利益を上げています! 固定店舗さんが互いに『好立地』の中でしのぎを削る『つぶし合い』の中、我々は常に『求められる場所』に出かけていく。砂漠で水が求められるように、ぜひおいしいピザを運んで来てほしいと言っていただける。唯一の心配は追加注文するトラックの塗装が間に合うかです」

年がら年中、仕事のアイデアと、新しいサービスを考える「貧乏性」なクセ。「幸せな家族のイメージ」から逆算して、問題解決を引き出す思考法。小尾さんはなかなかしたたかなビジネスマンなのだ。

[2016年7月21日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は8月4日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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