おせちのちょろぎ、フランス料理? 炒めて付け合せに
ちょろぎ・だて巻き(3)
東京23区のはずれの方に取材に行った折、腹が減ったので手近な中華の店に入った。看板に「ギョウザ ラーメン」とある普通の、しかもかなり年季が入った店であった。「中華丼でも食うか」と思いながら壁のメニューを見ていたら「チャンポン」とあるではないか。いかん、食わねば。先天性九州人である私は他地域で「チャンポン」の文字を見ると急性食わねば症の発作が起きるのである。
この店には醤油ラーメンと味噌ラーメンはあるがとんこつラーメンはない。とんこつスープの用意がないということは、例によって非九州型チャンポンを覚悟しなければならないのであるがそこはそこ「どのように変形しているか」に興味があるので、やはり食わねばなのである。
出てきましたよ。はい、思った通りですね。スープは塩味、麺はチャンポン麺ではなくラーメンのもの。具はキャベツの代わりに白菜だし、アサリやゲソといった魚介類欠落。しかもとろみがついている。とろみがついているのはチャンポンではなくて皿うどんでしょ。ここんとこ全国的に間違えやすいので気をつけましょう。
一応写真を撮って箸を動かし始めた。チャンポンを注文して皿うどん似タン麺を情けなく食べているうちに、ふと手が止まった。何だ? この黄色いの。
卵焼きかなとも思うが、それにしてはふにゃふにゃ。箸でつかもうとするとぐずぐずに崩れてしまう。ひょっとして……。全丼内に非常線を張った上で箸でひっかき回しながら黄色いものを捜索し一網打尽、ひとっところに集めてみて正体がわかった。だて巻きであった。
念のため店の女性に確認しよう。
「これ、だて巻きみたいに見えるんですけど」
「だて巻きよ。あら、嫌いだった?」
好きとか嫌いとかじゃなくって、どうしてチャンポンにだて巻きが入っているかが問題なのだが、この女性には何が問題なのかがわからないくらい問題がないのだった。
「チャンポンにだて巻きはいつも入るんですか?」
「五目そばにも入るのよ。飾りで1枚ね。好きな人がいてさあ、だて巻き大盛りなんて言うから3枚入れちゃうの。だて巻き嫌い?」
そうじゃないってば。
「だて巻きって、具にとろみつけるときにかき回すとどうしても崩れちゃうのよねえ」
とろみをつけなきゃいいいんだってば。
私はだて巻きたちに言った。
「あんたたちゃチャンポンの丼の中やらにおったらいかん人よ。早よどっかに行かんね。これが九州やったらどげなこつになるかわからんとよ」
ここに掲げた写真は、ひとっところに集められただて巻きたちが、うなだれて私の説教を聴いているところである。
そう言えば、最近はとんと見かけなくなったが、昔は駅前の中華屋さんで五目そばやタン麺を頼むと入っていたよなあ、だて巻きが。東京だけかどうかは知らないが、少なくとも東京ではだて巻きは中華の友でもあった。
ついでだが、その店の壁にはなぜか西郷隆盛の肖像画がかかっていて、私は食べている間中、西郷どんに見下ろされていた。
これもついでだが、私の隣の席で味噌ラーメンを頼んだ男性はラーメンのスープを一口すすって、熱かったのかコップの水を半分ほどスープにぶち込んだ。手っ取り早く冷めるかもしれないが、ちょっと強引ではないかと思った。
三重にもあんかけチャンポンがありました。とんこつスープであるだけいいですが、あんかけは違うんだってば。要するに作る人に自信がないのです。「チャンポンて確かこんなだったよな。でもこれで本当にいいのかな」という心理がチャンポンを「ちゃんぽんめん」にしてしまうのです。でもおいしいのなら見て見ぬふりしてもいいです。
さて本題。九州ねたになったので九州およびその周辺の事情からみてみよう。
逆に、ちょろぎを正月のおせちに入れることはなく、おせちといえば「ふなんこぐい」と呼ばれるフナの昆布巻きがメインディッシュだったそうです。佐賀平野はいたるところに水路があり、フナはこの地域の冬の貴重なタンパク源として食べられていました。
最近、少年時代を思い出すのか、冬になると「ふなんこぐいが食いたい」と言っていたので、佐賀のデパート(1軒しかない)で「ふなんこぐい」を見つけ、買って帰ると、涙を流さんばかりに喜んでいました。なお、佐賀県西部の鹿島市では、いまも毎年1月20日にフナを売る市が開かれ、「ふなんこぐい」を作る家庭がたくさんあります(みんみん♂さん)
佐賀でちょろぎが日常の食べ物だったことはまったく知りませんでした。私の田舎も近いので、ひょっとしたら私も子供のころ、無意識に食べていた可能性があります。フナは意識的に食べていました。というか、久留米は海から遠いので冷凍車や冷蔵施設が普及していなかった時代は、魚といえば川魚でした。からからに揚げ三杯酢につけて骨までバリバリ。あの丈夫だった歯を返せー。
父(熊本県)……ちょろぎとは見たことも聞いたこともない(後に母の証言で真っ赤なウソとわかりました)
母(山口県)……結婚後父の実家に行ってはじめてちょろぎの存在を知る。梅干と一緒につけて食べる根菜で、あまりおいしい物ではなかったが、どこかで黒豆と一緒に出たことを覚えている……。
義母(福岡県)……博多では正月のおせちの定番。梅酢につけて作るので、薄いピンク色をしており、スーパーで売っている鮮やかな色合いの物とはちょっと違う。ただ、黒豆と一緒に食べるのは知らない(さいたま市の笠原さん)
山口県出身のお母様は、やはりちょろぎはうまくないという感想をお持ちのようです。山口とちょろぎってどうしても相性が悪い。
お父様のように実際はちょろぎを食べているのに、本人が気づいていないというケースが散見されます。例えばこんな風に。
なんと、話を聞いてみると我が家では毎年のおせち料理に「ちょろぎ」は出ていたそうです。ところが、まったく小生の眼中になかった(夢の途中さん)
これで少なくとも2人の方に名前を覚えてもらえました。ちょろぎちゃん、よかったね、知名度が上がって。
ちょろぎの知名度はむしろ彼の国で高いのかもしれない。
なんたる偶然。ここにちょうどいらっしゃいました。
ちょろぎがおフランスで何をしているかわかってよかったですね。でも、ここでもあんまりおいしいと言ってもらっていません。1人で2パックくらい平らげるような子供はフランスにいないのでしょうか。
おせちに関連してゆめまゆ@NYさんともう1人の方から「年取り魚」の鮭とブリについてのメールをいただいた。先週紹介した奥村彪生氏の論文にはその分布図が載っている。角餅(東)と丸餅(西)の境界線が金沢―彦根―松阪を結ぶ琵琶湖東岸ラインなのに対し、鮭(東)とブリ(西)の境界は糸魚川―浜松のラインである。
そう、フォッサマグナの西の端、糸魚川静岡構造線にぴったり一致する。ポリタンクの色の境界線とも重なっている。なんだかスゴイ。
先週の「どうかくってどう書くの?」の「どうかく」についてこんなメールをいただいた。
海草(藻)から作るから「かいそう」? あまりにそのまんまの名前のところがかえって好きです。
さて、これからは各種メールの乱れ打ち。いってみよー。
な、なんちゅうことをしてたんですか。それはきっと旅館の人がハヤシライスの味付けにむちゃくちゃ自信がなくて、とりあえず「味」系の調味料を置き、ドアのすき間から様子を見ていたんですよ。で、味系を与えるととりあえず誰も騒ぎ出さないので「よしこれでいてまえ」と味系常備にしたのではないでしょうか。そうとしか思えません、私には。
ギリシャ人の友人が興味深げに見ていたので試食してもらったところ、「魚と肉を一緒に調理するなんて考えられない。この料理はストレンジだ」と言われ、もう一人のギリシャ人には食べる前に拒否されてしまいました。中国人なら味方してくれるに違いないと思ったらやっぱり「変だ」という答え。そこで不安になったのが、実は日本で豚汁を作るときも「魚のだし」は使わないのでは? ということなのです。私は間違っているのでしょうか(Okoichaさん)
間違っているような間違っていないような。私はラーメンのスープが熱いときはふーふーしますが、冒頭で書いたように水を注いで一気に冷却される方もおられます。全然例えになっていませんけど、要するに好き好きです。こうでなければならないと決めつけられないのが食べ物です。私の場合は豚汁を作る際、肉や野菜を炒めた後でそのまま煮るため魚系の出しは使いません。肉と野菜などの具から各種のうまみが出ますので。
ちなみにエミー隊員に「豚汁に出し入れる?」と尋ねたところ、なぜか無言でうつ向いたままでした。うちのカミさんは「少し入れる」と言いましたが、カミさんが作った豚汁を食べた記憶がありません。
で、Okoichaさんご自身は食べておいしかったですか? おいしかったのなら何も問題はありません。いいんです、それで。それと、仮に今度Okoichaさんが出しを使わないで豚汁を作ったとして、味見を頼む場合は日本人の方がいいかもしれませんね。
デスク余裕かます ふっふっふっ…。甘いなギリシャのお方よ。日本人はカツオと昆布なのじゃ。豚肉にも合うのじゃ。
さて、ここで豚汁の「標準調理手順」を考えてみましょう。豚肉や野菜をいためて、その後に水分を投入しますよね。昔は、ここで水を入れるか、出し汁を入れるか分かれたわけです。でもご家庭では、出し汁を別にとっておいて、鍋に投入するというような手間はかけませんでした、よね? ところがどっこい、今は水を入れて、その後に粉末だしを入れるという手があるのです。私はもっぱらこれです。
ちなみにエミー隊員も「実家の方では、Sマヤの粉でした」とつぶやいておりました。
食卓の上を飛び交う方言。
言った後に思い出した。沖縄は確かに長寿日本一だが、男性だけみると26位だったことを。トホホ!(浜松のMartinさん)
遠州弁はどおもろいらぁ。10$は英語でテンダラーだらぁー。もひとつおまけに、ボク酎ラー。
さあ、最後はジンギスカンのたれ茶漬け(ジン茶)メール3連発。
元来ジンギスカンは野外で行うことが多い料理なのでご飯は当然、おにぎりで必ず傍らにあります。このおにぎりを残ったジンタレに入れ番茶を注いで食べたところ「これはいいっ!」となったのではないかと……ここで言うおにぎりは海苔も巻かないプレーンな物です。プレーンでなくてはいけないとまで言う人もいるくらいです(髭さん)
そんなに食べたい? そんなにおいしい? よし、今度食べてみよう。新橋のあの店で。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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