アンパンマンのあんはつぶあん? それともこしあん?
ぜんざい VS お汁粉(3)
初日は雨模様だった。ふつか目は朝から晴れ渡った。発泡スチロールの丼を持ったお父さんお母さんお兄さんお姉さん坊っちゃん嬢ちゃんが押し合いへしあいしながら席を探し、座ると一斉にずずー。あっちでもこっちでもずずー。両日で用意した8000杯のラーメンが見事に胃袋に消えたのだった。
「第5回ラーメンフェスタ in 久留米」。とんこつラーメン発祥の地、久留米で開かれた恒例のイベントである。
今年の招待店は東京とんこつの「でびっと」、そしてくせ球中のくせ球、鹿児島県串木野市のまぐろラーメン「味工房みその」。迎え撃つ地元勢は「一味ラーメン」「大砲ラーメン」「満州屋が一番」。
まぐろラーメンは3年前に串木野市内のラーメン店や飲食店が町おこしの一環で共同開発した。現在8店で出しているという。「味工房みその」はその代表として今回の参加となった。
まぐろラーメンというのは文字通りまぐろの頭でだしを取り、チャーシューの代わりにまぐろの「づけ」をのせたものである。トッピングはモヤシ、白髪ネギ、糸トウガラシ。本番直前に「みその」の厨房を、トークショーに参加するために来ていた「食材の鬼」佐野実氏(支那そばや店主)とラーメン総合研究所の武内伸氏がのぞいて試食した。私も後にくっついていった。
作業台の上の金属容器には醤油にどっぷり漬かったまぐろの切り身が赤黒く光っている。店主の勘場明氏がそのづけを2枚取り、できあがったラーメンにのせる。佐野、武内両氏がにおいをかぐ。スープを飲む。具材ひとつひとつを吟味しながら口に運ぶ。
緊張する勘場氏。
「ああ、全然まぐろ臭さがないね、いいね」という佐野氏の言葉に口元を緩める勘場氏。
「ちょっとこのづけは辛いかな」。佐野氏の次の言葉に再び緊張する勘場氏。
「づけがスープに温められてレアからミディアムに変化するところは面白いですね」。武内氏のコメントに再び口元を緩める勘場氏。
その模様を鹿児島のテレビ局のカメラがじっと見つめる。密着取材なのである。厨房の空気は張り詰めている。熱い。ちょっと息苦しい。
佐野氏も武内氏もテレビを見ているだけの私たちには「ああ、あの人」なのだが、ラーメンの世界で生きている人々にはタイヘンな人たちなのである。緊張するのも無理はない。
ナーバスになっていたのはほかの4店も同じで、「いつもの味と違うではないか」とか「手抜きしている」とか「なーんだ」などとちょっとでも思われてはいけないので、スタッフ一同、前日から徹夜で仕込みにかかっている。
一方、お客さんの方は朝9時から並んで食べたい店のチケットを買う。店がオープンするのは11時からなのでうろうろしたりおしゃべりしたりしながら開店をを待つ。チケット番号0から75番までとかのプラカードの示す行列に並んでハーフサイズのラーメン(300~400円)をゲットする。再び別の店の行列に加わって2杯目ゲット。さらに並んで、という具合にイベントは進行する。
その間にステージで様々な催しが開かれるわけだが、初日の目玉は佐野、武内氏に加え「でびっと」のデビット伊東氏、「大砲ラーメン」の香月均氏、まぐろラーメンの勘場氏によるトークショー。九州ラーメン研究会の原達郎会長の司会でなごやかにかつ予定調和的にトークは進行していたのだが、この手のショーでは考えられない波乱が起きた。出番前から焼酎をがんがんやっていた佐野氏が、誰も予想もしなかった発言をしたのである。爆弾発言といってもよかった。壇上の一同が一瞬固まった(続く)。
胃袋お疲れ気味だろうから、本題は短く。
私にとってウーロンハイ(焼酎のウーロン茶割り)に乙類焼酎はダメ ダメ ダメェ~~~~~~~~~ッなのですが、それと同じくらい重要な問題のようです。
そんなこと誰が言っているのか知りませんが、確かにこしあんではIQが心配になりますね。「頭がウニ」みたいで。それにしても関係がなさ過ぎて笑ってしまいました。それとブリーフ派かトランクス派かは別に聞いてないんですけど。
デスク心配 メロンパンナちゃんの脳は、関西風に白あん?クリームパンダはクリームで、カレーパンマンはカレー? じゃ、しょくぱんマンは…。
ほかのこと考えなさい。
しかし、私の周囲に普通に存在するのは「粒々汁あり」のぜんざいであり「お汁粉」はインスタントでお店に売っているものでしかなかったです……ちなみに、阿川弘之氏の小説などに出てきますが、旧帝国海軍の「汁粉」は「粒々汁あり」が主流だったようです。
次に、「おはぎ、ぼたもち」の件ですが、高知では外があんこで中がご飯と、あんこをご飯で包んで黄な粉をまぶしたものの2種類が普通で、名前は1年中「おはぎ」です。あんこは粒あんが主流だったと思うのですが、当地では「前田のドライあんこ」と言う商品が昔から売られており、水を入れて練ると「こしあん」ができるので、これを使ったこしあんのおはぎもありました(高知の恒石さん)
ワタナベのジュースの素もありました。懐かしいですねえ。ところで、さっき自販機で見たアサヒの缶入りしるこは粒々でした。「田舎しるこ」とは書いてありませんでした。もう、何がなんだか全然わかりません。
佐野氏爆弾発言続き。
佐野氏は足を組み不敵に言った。
「おれ、とんこつラーメン作るよ。臭くないとんこつラーメンをな」
九州のとんこつラーメンは臭い。いや芳香を放つ。中でも久留米ラーメンは「ドとんこつ」と言われるほどにおうらしい。だが九州人にとってはあのにおいがないとんこつラーメンというのは形容矛盾なのである。昔、東京の友人と博多のラーメン屋さんに入ったとき、友人は「くせえー。この店、トイレのドア開いている」などとぬかしたが、トイレのにおいに似ていようがいまいが、あれが正調とんこつスープの香りなのである。日本中のラーメンで唯一「におい」が問題になるラーメンであることは認める。しかし、においや香りを除いたら一体どういうことになるのか。
この発言を聞いていた久留米ラーメンの代表格である「大砲ラーメン」の香月氏が笑いに隠して眉根を寄せた。
トークショーから帰ってきた武内氏に聞いた。
「佐野さん、本当にやるんですかね」
「あの人は言ったことはやるんです。言ってしまってから始めるんです」
佐野氏本人にも確認した。
「やるんですか?」
「言ったもん。やるよ」
こうして、佐野実作におわ納豆じゃなくて、におわないとんこつラーメンが実現することがほぼ確定した。そして佐野氏は来年のラーメンフェスタで発表するというのである。これが本当の久留米への挑戦ではなくて何であろうか。
爆弾はこれ1発ではなかった。翌日のトークショーで2発目が炸裂する(続く)。
ここでデスク乱入 とんこつラーメンと最初に出合ったのは、30年以上も前、横浜の某所にあったMッキー安川の店でした。衝撃的な"においの暴力"に、子供だった私は涙ぐんでしまいました。近年、東京でも食べられるようになったとんこつには、鼻が曲がるほどのは見かけませんね。こっちが慣れただけなのか。ちなみに秋田県では、大みそかに頭からドとんこつラーメンをかぶった鬼が家々を回って子供を脅かす神事があります。ハナマゲ……。
寝ないで考えた「乱入」って、これかあ?
もう10年以上前のことですが、同僚には「あの時、あずきほうとうを食べたんだよね~」と、いまだに言われつづけております(京都府宇治市在住の玉井さん)
名古屋で「味噌汁フロート」を注文したとき、店の人に「これまずいんですが、食べるんですか」と聞かれたことを思い出しました。
むしろ「あん餅」。餅の存在感の方がデカイ。餅を食べる習慣の濃い地域が県北の方にあることが関係するのか、米どころだから当然なのか、そのへんはわかりませんが、「何かに餅を入れる」よりも「餅に何かをまぶす」というイメージが強いかも…いや、でも雑煮はある。うーん。だめだこりゃ。やっぱ代表を撤回(猫耳さん)
しるこは小豆だけでなく「くるみしるこ」「ごましるこ(黒ゴマ)」もあり、正月3が日しか滞在しない愚息・愚娘のために、元旦は小豆、2日目はくるみ、3日目はごまを作ってくれます。スーパーにはしるこのための「すりつぶし・くるみ」も売っていますが、すり鉢ですった、作り立てくるみしるこにかなうものはありません。ハレの日(?)には餅をついて近所にも配りますが、あんこ(粒あんあり)、きな粉、ゴマのほかに、納豆もまぶして食べます。ずんだは夏のみで(ずんだ餅子@仙台さん)
宮城県のお汁粉の食べ方、お餅の食べ方って豊かですね。ずんだ餅子さん、前回の「父・母・権力・命じて」問題を念頭においていただいてありがとうございます。このたび久留米の家に寄ったら、信じられないくらい母の権力が増大しておりました。
前回、おはぎぼたもち問題で大阪の豊下製菓の豊下さんにSOSを出したら、早速甘味救助隊が到着した。個人的経験、文献紹介とかゆいところに手がとどく孫の手のような文章である。しかも大阪言葉で書かれている。ぜんざいお汁粉及びおはぎぼたもち問題の総まとめの意味で「セミナールーム」に全文を掲載する。読んでおくと得すると思う。
テーマ外で興味をひいたメールをいくつか。
関西との一番大きな分かれ目は関ケ原、次は揖斐川、長良川、木曽川ではないかと。山や川を挟むことによって食文化、言葉が違っています。揖斐川を挟む大垣と岐阜とでも違いがあってショックを受けたことがあります。
三重に住んでいたときも関西色が強く、川があることで名古屋や岐阜とは大きく文化が異なるものだと感心したものです。三重は丸い餅、うどんのたれが濃い伊勢うどん、伊勢いもで作ったはんぺん、てこね寿司で驚きましたね。近鉄電車で名古屋から三重に向かってみてください。会話の言葉がどんどん変わりますよ(岐阜・三重・愛知を渡り歩く女さん)
食の方言と言葉の方言はシンクロするのかという問題です。私も関心を持って観察しています。どんぶり・ライスの回で栃木県の佐野とか足利辺りにはソースカツ丼が存在することが明らかになりましたが、その地域は栃木県の中でも言葉が群馬方言に近いのだそうです。簡単に結論がでるとは思えませんが、深いテーマが隠されているような気がしています。
みんみん(♂)さんからの情報。
このとき、すでにお昼に「づけ丼」と「十割そば」を食べた直後で、お腹いっぱいだったのですが、以前、山形で遭遇した謎の「ビール定食」を食べなかったことの後悔を2度と繰り返すまいと、無理して食べることにしました。
店のおばさんに聞いてみると、この「まぐろソースかつ丼」、登場してまだ1カ月にもならないとのこと。飲食店が集まって開発した新メニューだそうです……さて、出てきたものですが、ごはんにカツをそのままのせ、ソースを回しかけたものに千切りキャベツが添えられたもの。ここで話題になった山梨の「自力ソースかけカツ丼」のようです。
味の方は、まぐろのカツがなかなかおいしかったです。お値段も1000円と名物料理にしてはお手ごろなのではないでしょうか。
まぐろで有名な三崎の名物は中華まんの中身がまぐろのトロという「トロまんじゅう」でした。それに新戦力が加わったようです。づけ丼にそばを食べて、さらにまぐろソースかつ丼を詰め込むなんて私にはできません。液キャベ飲みました?
さて、次の方とみんみんさんとどっちの胃袋が大きいか。
加古川~西脇市あたりでかつめしやラーメンなどを食べてきたのですが、京都・大阪とはちがった文化が根付いているのですね。かつめしはドミグラスソースのビフカツ。長岡市の洋風カツ丼が未食なのですが見た目は似ているような。茹でキャベツがあるのかしら、洋風カツ丼。岡山のカツ丼も食べてみたい……播州ラーメンと言われる兵庫県西部のラーメンは甘かった。量は少なめで同じものを2杯平らげる人も珍しくはなし。
加古川でのおでんは真っ黒に煮込まれたもの。さらに生姜醤油のタレをかけて食べるのに驚き! 醤油の濃い色に拒否反応示すのが関西人だと思ってたのですが、この地域は違うようです。みりんか砂糖を加えた甘い醤油もスーパーで売られてました(kazusuketさん)
野瀬満腹 うーっぷ。
自覚せる甘甘醤油地帯九州では、あのKコーマンが「甘口」を出していました。久留米の実家では、生協で買った北海道の昆布醤油が辛いといって、甘い地元の醤油で割っていました。納豆も「あまかたれ」「甘ダレ」付きです。
爆弾発言続きを短く。要するに翌日のトークショーで佐野氏の発言がエスカレートし、自分はくさくないとんこつラーメンを作るから、デビット伊東氏は味噌、「博多一風堂」の河原成美氏は塩、香月氏は醤油に挑戦しろと言ったのである。全員が「やる」とは即答しなかったものの、それぞれのラーメンが袋麺やカップ麺になっているような実力店主たちである。「できない」とは言わないだろう。というより彼らならできるのである。
佐野氏のとんこつ挑戦はほぼ確定。ほかの店主たちも挑戦すれば、来年のフェスタは「ラーメンの異種格闘技」の場となるはずである。ラーメンフリークにとってはニュースである。事件である。
「ぜんざい VS お汁粉」のVOTE結果が出た。ぜんざいと呼ぶか、お汁粉と呼ぶかという呼称問題の数字を見てびっくりした。ズババーンと境界線が浮かび上がっているのである。ぜんざいは完全に西日本型、お汁粉が東日本型。疑問の余地もない結果である。
「ぜんざいと呼ぶ」が100%だったのは滋賀、和歌山、島根、徳島、愛媛、佐賀、長崎、宮崎、鹿児島、沖縄。90%以上は広島、大阪、福岡、兵庫、三重、福井。80%以上90%未満は大分、京都、山口、富山、香川、岡山。70%以上80%未満は奈良、鳥取、熊本、愛知。60%以上70%未満は高知、岐阜。50%以上60%未満は石川。
それ以外の東日本勢はすべて80%以上が「お汁粉」との回答だった。中でも青森、山形、新潟、山梨はお汁粉が100%。
新潟―長野―静岡以東が「お汁粉」文化圏で、富山―岐阜―愛知以西が「ぜんざい」文化圏ということになる。境界線がはっきり浮かんでくる。
では粒あんかこしあんかという中身問題を見てみる。粒あんが100-92%と圧倒的だった24府県はすべて西日本勢。つまり西日本では「粒あん」(正確には粒あん汁あり)のものを「ぜんざい」と呼んでいて混乱は起きていない。
ところが「お汁粉」文化圏である新潟、富山、静岡、栃木でも「粒あん」が80%を超えているのである。西日本の人がこれらの県で「お汁粉」を食べると「何だ、ぜんざいじゃないか」と思うことだろう。
こしあん文化圏は意外に狭くて、20%以上だったのは千葉、埼玉、神奈川、東京、青森、福島、山形、宮城、茨城、群馬、秋田しかなかった。むろん全部東日本勢。ちなみに最もこしあん度が高かったのは秋田の70%だった。
結論はこうである。西日本はほぼ「粒あん汁あり」=「ぜんざい」一色。新潟―長野―静岡から一気に「お汁粉」文化圏に入るが「粒あん汁あり」=「お汁粉」の方が優勢で、所によっては「こしあん」=「お汁粉」と混在している。呼称と中身、二つの地図を見比べると面白い。
もうひとつ、「田舎しるこ」はどこにいるか。「ない」が半数を超えた道府県が44なので、この物件は全国的には希少種に近い。「普通にある」と「時々見かける」の合計が50%を超えたのは4都県。中でも佐賀は「時々見かける」が100%だった。はなわにネタにされるかも。山形も「時々」が50%。東京と神奈川がともに54%で、やはりこの辺が本命のようだ。
でも意外な地域にも「田舎しるこ」は点在する。どことは言わないので、地図でご覧になってください。
VOTEの結果を裏付ける東西2人のメールです。それと松本さんから「粒あん」「こしあん」だと言っているが、なぜ「つぶしあん」が出てこないのかという疑問の声が届いています。下記の大阪、豊下製菓の豊下さんの文章では「つぶしあん」は「粒あん」の別称となっています。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
虎屋文庫の研究主査、中川圭子さんが御自身の著書『和菓子ものがたり』に、汁粉を「餡を煮溶かして餅などを加えた、寒い日のための小豆のス-プ」と定義してはります。そして、「正月屋でござい」と振り売りをするお江戸のファ-ストフ-ドのはしりのひとつとも。
ちょうど 昨11/15に京都御所近くの会館で虎屋の社長さんの講演会があり、中川さんにもお会いして帰り、確か汁粉のことを書いてはった、と思い出したんですわ。
小豆を汁粉様にして食するようになったのが、いつの頃からかは断定でけしませんが、五穀のひとつにも数える小豆の利用は、相当の昔にまで遡れるんやないかと思います。芋粥に甘葛煎を加えたのが、平安貴族の好物だった様ですから、小豆汁に甘葛煎を加えた『善哉、汁粉の原型』が存在した可能性は否定でけしません。そして、担い売りの「江戸前寿司屋」や「蕎麦屋」と同時期に「汁粉屋」も出現していたと考えるのが自然やおませんやろか。
つぎに、つぶあんこしあんおはぎにぼたもちですが、話がややこしくならへんように私的定義をまず押し付けます。
▼餡:饅頭や餅などに入れたり塗したりする具材の総称。動物性食材や菜っ葉を刻んで炒めたものを使う場合もあるが、貯蔵細胞をもった小豆などの豆類の澱粉をα化させ、甘く仕上げたペ-スト状の食品。
▼粒餡:つぶし餡とも言い、豆類の皮ごと餡に仕上げたもの。
▼こし餡:豆の皮を濾し分け、澱粉粒子だけでつくった餡。
▼おはぎ:「萩の餅」の信愛丁寧表現。
▼ぼたもち:「牡丹餅」のこと。
※ 和菓子では利用する基本素材が乏しい関係もあって、季節とイメ-ジを大切にして、それらしい菓銘をあてがいます。
ほな、野瀬さんからのSOSにお応えしまひょか。
その前に、母が豊下に嫁いだ頃の大姑との「おはぎ物語」を披露します。豊下の若ごりょんさんとなる予定の母が、大姑となる豊下のおいえさんに挨拶に行った時のこと、戦後すぐ食糧難の時代です。
大姑曰く「あんさん、おはぎ食べはりまっか?」。半端な遠慮をしたらいけないと思った母「はい」。大姑「ほな『半殺し』と『皆殺し』どっちがよろします」。大阪生まれだが旧満州育ちの母「……」、ややあって、皆殺しはあまりにも残酷やさかいと「『半殺し』を戴きます」。話の脈絡を理解できないままに『半殺し』と答えた母は、「いったい何が出てくるか……」とヒヤヒヤしておったそうです。で、出て来たのは「粒餡のおはぎ」やったそうですが、味なんぞは覚えてないと申しておりました。
「ぼたもち」にせよ「おはぎ」にせよ、元来はそれぞれの家庭や集落での行事食としての性格が強いものですから、細かな部分では地域的な多様性があるとは思われます。たとえば、糯(もち)米しか使わないとか、粳(うるち)と半々にするとか、小豆餡は使わないとか、黄粉を塗して変化をつけたり、漁村部なら岩海苔やアオサを塗したり、わざわざ手間を掛けてこし餡にしたりなど、微妙ではありますが、まさしく食の方言でっしゃろか。
ただ、米粒処理の点から観ますと、搗いた餅は使わないようです。威勢の良いペッタンコは伴わず、大概は蒸し上げたまたは炊きあげた米粒を、擂(す)りつぶして餅様にするのですが、粗方を擂りつぶした~バラバラにならない程度に擂りつぶしたまで、すなわち『皆殺し』~『半殺し』と好みによって様々です。
『菓子』新・食品辞典vol10 河野友美編 真珠書院 1991.6.20 の「ぼた餅」の項には、擂り鉢でつぶす場合は音がたたないので「隣知らず」だとか、いつ着いたか判らないので「夜舟」とか、月知らずだから「北の窓」といった洒落表現を紹介しています。ただ、この本では関東系は擂り鉢仕上げ、関西系は搗き餅タイプが中心としていますが、船場・島之内では搗いた餅タイプのおはぎには出会っていません。
先の母と大姑のやり取りの場合は、餡のつぶし加減・こし加減にまで拡大して『皆殺し』・『半殺し』という表現を使ったようです。
一般市場で遭遇する「おはぎ・ぼたもち」の呼び方についてですが、ほぼ「おはぎ」一色と思われます。当然の事ながら、春の彼岸は「ぼたもち」、土用には「土用餅」、秋の彼岸は「おはぎ」と呼ぶのが正解なのでしょうが、販売に供する場合は、包材・什器・備品など余計な経費を掛けないためにも「おはぎ」に統一した方が都合がよろしまっしゃろ。郷愁を演出するつもりなら、あえて「ぼたもち表現」を使う手もおまっしゃろが、品良く上等そうに販売するなら、「おはぎ」に軍配でっしゃろな。
おまけを一言。
「おはぎ」は気取って食する和菓子ではありませんが、餡の材質如何では驚くほどに高価なものになります。本物の白小豆を使えば、丹波大納言の3~4倍の値段はするでしょうし、丹波産小豆と北海道産小豆・輸入小豆でも価格の差は歴然です。どうぞ御自分の舌と懐具合のバランスを考慮してお楽しみ下さい。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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