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企業変革の実現のためには、正しいプロセスに従う必要があります。健全な危機意識のもと、ビジョンが示され、連帯チームが動き始めたら、次のステップは短期的な成果を出すことです。

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

変革のプロセスが完了するまでには少なくとも3年、長くて10年程度を要するとコッターは言います。短期的成果は、その長い時間軸の中で変革を後押しする幾つかの重要な役割を果たします。

まず、現在の取り組みが価値を生み出す証拠になります。それは変革者への報いとなり、モチベーションを高めます。さらに、短期的成果が変革のビジョンや戦略を微修正するための貴重なフィードバックになります。

反対派の勢いをそぎ、支援者を拡大する効果ももたらします。地盤回復を狙う反対派を封じ込めるには常に努力が必要です。短期的成果は待っていてもやって来ません。大切なのはあらかじめ成果の出し所をしっかり計画しておくことです。

最終的に企業変革は、企業文化として組織に根付くまで続けなければなりません。組織は相互依存が密接に絡み合ったやっかいなシステムです。それは最近の必要性から生じたというより、企業の歴史から生まれた強固なつながりです。一部を変えてもすぐに元に戻ってしまいます。それゆえすべてが変わり切るまで、継続することが大切なのです。

企業文化は人の行動に強い影響を及ぼします。一方でその姿を明確に捉えることは不可能です。このような特徴を考えると、企業文化は最初に変えるものではなく、最後に変わるものだということがわかります。つまり、文化だけを変えようとしても決してうまくいかないともいえます。

企業変革はすべてが変わり切るまでの比較的ゆっくりとしたプロセスです。一つの大規模な変革と考えるより、様々なプロジェクトの連続と捉えるほうが適切でしょう。いらだちを抑えつつ、根気強い努力が必要とされるプロセスなのです。

ケーススタディー 新たな組織文化をいかに定着させるか

組織行動論の大家であるクルト・レビンは、企業変革のプロセスを、解凍→変革→再凍結の3段階プロセスで表現しました。この3段階目の再凍結までいって初めて企業変革は一旦の区切りを迎えます。そこで出来上がるのが新たな組織文化です。

組織文化は、大きく2つに分かれます。1つは強い文化で、もう1つは弱い文化です。強い文化においては、社員の忠誠心も高く、結束力が高い状況を生み出します。できれば、再凍結の際には強い文化の形成も行いたいものです。

新たな強い文化をうまく定着させた事例を紹介しましょう。ある大手重工業B社のプラント事業部門C部門の事例です。B社の中にあって、他の事業部門の製品売り切りのビジネスとは異なり、プラントのエンジニアリングから購買、建設、さらにはその保守メンテナンスまでを請け負うビジネス、いわゆるEPC事業(Engineering,Procurement and Construction=設計、調達、建設)をC部門は担当していました。そして、C部門はプロジェクトマネジメントに失敗し、長年の赤字に苦しんでいました。

組織変革を決心した部門長は、新しいプロジェクトマネジメント体制の確立と、それを支える組織文化の形成に取り掛かりました。

まずは現状認識の徹底的な棚卸しです。そこからは不明瞭な責任・権限、信賞必罰の欠如、他責の風潮、危機意識の欠如といった課題の真因が浮かび上がってきました。部門長は「解凍」のために、経営幹部を集めた複数回の合宿を実施し、現状否定の共通認識作りを行いました。

その後、「変革」のための処方箋を作成します。作成にあたっては、役職にかかわらず、前向きな問題意識を持ったメンバーを選定し、時間をかけて徹底的な議論をさせました。もちろん、部門長自身もその過程で議論に参加し、新たなあるべき姿を描いていきました。

粘り強い努力が新しい組織文化を生む

検討領域も多岐にわたりました。新しいプロジェクトマネジメント手法の策定、リスク管理体制の強化、組織構造の変更などの対策案を策定しました。

そして実行に移していきます。当然、様々な障害が発生しました。これまで慣れ親しんだやり方を否定することの面倒臭さ、新しいやり方に対する不安やスキル不足、一部署が先に変わることによる他部署との衝突など、様々なことが壁となって立ちはだかります。特に、B社の他部門から異動してきた社員にとっては、これまでの仕事のやり方とはすべてが大きく異なり、戸惑いや動揺は非常に大きなものでした。

しかし「再凍結」なくして変革は完了しません。部門長はじっくり時間をかける覚悟をし、様々な打ち手を根気強く講じていきました。たとえば、コアメンバーとの1対1の議論の場や途中経過の発表の場を設けるなど、社員とのコミュニケーションや教育にも時間を割きました。

また、変革の途中途中で、社員を意思決定の場に参画させ、オーナーシップを持たせる工夫もしました。人は意思決定自体に関わると変革への抵抗力が低下します。

人事考課の体系も変更しました。より業績連動の比率を高め、信賞必罰と自責の文化を定着させる工夫を行いました。さらには、これだけは譲れないということに関しては、強力なトップダウンで実行していきました。

「再凍結」にはおおよそ2年半の時間が必要でしたが、粘り強く変革の努力を続けました。次第に新しい仕事のやり方の効果が表れはじめ、それが社員の共通認識になって、結果的には、それが新しい組織文化の土台になってきました。組織の雰囲気や社員の会話の中身、事業を遂行する上で大切にすべきものなどが明らかに変わっていったのです。そして、業績は上向き黒字化を達成します。

企業変革とは、その開始から完了を見るまでは長い時間を要します。ただ、企業が相互依存が密接に絡み合ったやっかいなシステムである以上、それは致し方ないことであり、粘り強い行動が必要になるのです。

企業変革のための8段階のプロセス

ここで、コッターが言う企業変革の8段階のプロセスを、本書を参考に記載しておきましょう。それは以下の通りです。

1.危機意識を高める

市場と競合の現状を吟味する。危機、あるいは絶好の成長機会を見付けて、議論する。

2.変革推進のための連帯チームを築く

変革をリードするために十分なパワーを備えたグループを生み出す。このグループにチームとしての活動を促す。

3.ビジョンと戦略を生みだす

変革の試みを導くためにビジョンを生む。このビジョン実現のために戦略を立てる。

4.変革のためのビジョンを周知徹底する

あらゆる手段を活用して継続的に新しいビジョンと戦略をコミュニケートする。連帯チームのメンバーが、従業員に期待される行動を自らがモデルとなって示す。

5.従業員の自発を促す

変革の行く手を阻む障害を取り除く。変革ビジョンを妨害するシステムや組織構造を変革する。リスクテーキング、いままで遂行されたことのないアイデア、活動、行動を促進する。

6.短期的成果を実現する

業績上で目に見える改善、すなわち短期的勝利を生む計画を立てる。実際に短期的勝利を生み出す。これらの勝利実現に貢献した人たちをはっきり認知し、報いを与える。

7.成果を生かして、さらなる変革を推進する

変革のビジョンに合致せず、全体的試みになじまないシステム、構造、制度を変革することに、築き上げられた信頼を活用する。変革ビジョンの推進に貢献する人材を採用し、昇進させ、開発する。新しいプロジェクト、テーマ、変革推進者を通じて変革プロセスを強化する。

8.新しい方法を企業文化に定着させる

顧客重視、生産性向上を目指す行動、すぐれたリーダーシップの発揮、さらにすぐれたマネジメント機能を通じて業績向上を実現する。新しい方法と企業の成功の関係を明確に示す。リーダーの開発と後継者育成を促す手段を生みだす。

平井孝志(ひらい・たかし)
ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー
東京大学教養学部基礎科学科第一卒、同大学院理学系研究科相関理化学修士課程修了、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールMBA(経営学修士)。学術博士(早稲田大学)。ベイン・アンド・カンパニー、デル、スターバックス、ネットベンチャーを経て現職。消費財、ハイテク、グリーン関連業界など幅広い業界において、中期経営計画・ビジョン策定、営業・マーケティング戦略策定、組織改革などの支援をおこなう。早稲田大学ビジネススクール客員教授、慶応義塾大学特別招聘教授を兼務。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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企業変革力

著者 : ジョン・P. コッター
出版 : 日経BP社
価格 : 2,160円 (税込み)

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